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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.78


   DNAを調べてわかること−西日本のツキノワグマの歴史を探る−

                           石橋 靖幸


はじめに
 現在我が国に生息するクマ科の哺乳類は、北海道のヒグマ(Ursus arctos)と本州・四国に生息するツキノワグマ(Ursus thibetanus)です。どちらも森林伐採や道路建設などによって生息域が縮小・分断化されています。このうちツキノワグマ(写真-1)は、東アジアの主にブナ、ミズナラなどの冷温帯落葉広葉樹林に生息している中型のクマです。日本には大陸と陸橋でつながっていた30万年ほど前に渡ってきたと考えられています。古くから毛皮や肉、漢方医薬品として取引されて経済的価値が高い胆のう(クマノイ)を獲るために狩猟の対象とされてきました。また、樹木の皮を剥いだり(写真−2)、人里へ出没しては栽培果樹や養蜂へ被害を与えたり、時には人にも危害を及ぼすことから、有害鳥獣駆除によってこの20年ほど毎年2000頭前後が捕獲されています。
 近年、特に西日本ではツキノワグマの生息場所は開発により壊され、分布域は次第に狭められています。これは過剰な捕獲圧に加えて彼らの生息数を減らす大きな要因の一つとなっています。九州ではほとんど目撃例がなくほぼ絶滅したと考えられており、四国にはわずか数十頭しか生息していないようです。本州では、中部から東北地方にかけて比較的多数生息していますが、下北半島、紀伊半島、東中国地域、西中国地域のツキノワグマ集団は、生息域の途中を失ったことで孤立した小集団となっています。これらの孤立集団は絶滅が危惧され、北海道石狩西部のヒグマ個体群と共にほ乳類レッドデータブックでは「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されています(環境省2002)。


写真−1 ツキノワグマ(1991年福井県、北原英治氏撮影)


写真−2 スギ大径木に残る樹皮はぎ跡(京都市左京区、北原英治氏撮影)



近畿・中国地方のツキノワグマ
 現在、東中国地域と西中国地域に孤立した集団として生息するツキノワグマの数は、それぞれ100〜200頭、300〜400頭ほどと推測されています。また最近の研究から、近畿地方の日本海側に分布する北近畿の集団は由良川を境にして個体の交流が少なく、由良川西側の集団も孤立に近い状態にあることがわかっています(図−1)。ツキノワグマの孤立集団は、少なくとも100頭以上いないと環境条件が変化した場合に絶滅してしまう可能性が高いと人口学的に見積もられていることから(三浦&堀野 1999)、東中国集団は絶滅の危険性が高いと思われます。
 ここでは詳しく紹介しませんが、以前我々がマイクロサテライトDNAという遺伝マーカーを用いて行った研究から(Saitoh et al. 2001)、北近畿の西側、東中国、西中国の集団は遺伝的な多様性が低いと思われます。このような遺伝的多様性の低い小さな隔離集団をそのままにしておくと絶滅してしまう可能性があります。他の集団と個体の交流がないために遺伝的な多様性がさらに失われて、感染性の病気の流行のような突然の環境の変化にうまく対応することができなくなったり、近親交配が進むために奇形が生じたり、不妊になる可能性があるのです。こうした孤立した小集団を保全するには、無秩序な捕獲を制限すると同時に彼らの生息環境がこれ以上悪くならないよう、エサとなる資源、隠れ場所、越冬場所などを確保しなければなりません。そのうえで集団間で自由に遺伝的な交流が可能になるように環境を改善する必要があります。
 しかし、現在残されている生息環境をなんとか保全することはできても、すでに開発が進んでいる環境を改善し、自由に個体が移動できる状態に戻すことは難しいでしょう。そのような場合、遺伝的な多様性を減らさない、あるいは増やすために、人の手により積極的に個体を移動させるといった操作が必要になります。そのためには現存する地域集団が、どのような歴史的な経過を経て成立しているのか把握しておく必要があります。それぞれの集団がどのような歴史的な背景を持つのか知らないままに個体を移動させると、それぞれの地域で長い年月を過ごしている間に生じた様々な遺伝子の間の複雑なバランスのとれた関係を壊すことにつながり、子供ができなかったり、子供ができても不妊になったりしてかえって絶滅を早めるおそれがあるからです。


図−1 近畿・中国地方のツキノワグマの分布(地図)と各地域集団におけるミトコンドリアDNAタイプの頻度(円グラフ)
 円グラフ内の数字はそれぞれの集団で観察されたミトコンドリアDNAのタイプ(UtCR01〜20)を示し、背景色の違いはミトコンドリアの系統の違いを示している(図−3参照のこと)。円の大きさは調べた試料数を反映している。



ミトコンドリアDNA
 人間のような家系図を持たないツキノワグマの地域集団の歴史をいったいどのような方法で調べればよいのでしょうか?最近では動物集団の歴史を推定する場合に、細胞内小器官であるミトコンドリアが持つDNAを遺伝マーカーとして利用しています。ミトコンドリアは生命活動に必要なエネルギーの生産や呼吸代謝の役目を持つ小器官で、その内部に細胞核とは異なる遺伝情報(塩基配列)を持つDNAを持っています。この小器官は母親から子へ遺伝し、父親から子へは遺伝しないという性質があるため(母系遺伝)、ミトコンドリアDNAの遺伝情報は、両親から半分ずつ遺伝する細胞核DNAのそれとは異なり、母から娘へ、娘から女の孫へ、その孫からそのまた娘へ・・・と延々と受け継がれていきます。しかし、受け継がれてゆく間にその情報に少しずつ変化が生じます。その変化(塩基置換)は、でたらめな位置にほぼ一定の速度で生じると考えられるため、異なる母系の間で配列を比べると、共通する大昔の祖先までさかのぼったときにはどのような配列をしていたのか推測することができます。また、変化する速さが推定できれば、共通の祖先からいつごろ分かれたのかその年代を推定することもできます。



ツキノワグマのミトコンドリアDNA
 近畿・中国地方に現存するツキノワグマの集団が、どのような歴史的な経過を経て成立したのか知るため、有害鳥獣駆除などの理由で捕獲された119個体から採取した筋肉などの組織からミトコンドリアDNAを抽出し、その一部(約700塩基)の塩基配列(図−2)を解読しました(Ishibashi & Saitoh 2004)。その結果、塩基置換は13カ所で起きていて、配列中にある繰り返し配列で生じていた繰り返し数の変異とそれらの置換が組み合わされて全部で20タイプのミトコンドリアDNAが観察されました。一部共通するタイプも見られましたが、それぞれの集団は独自のミトコンドリアDNAのタイプを保持していました(図−1)。
 さらに分析を進めたところ、見つかったミトコンドリアDNAのタイプは大きく2つの異なる系統に分かれ(図−3)、その2つの系統は京都北部の由良川を境にして東西に位置していることがわかりました(図−1)。また、東中国と北近畿西側の集団で見つかった西側系統のタイプは、いずれも西中国集団が持つタイプから派生したものであることもわかりました。クマの仲間で推定されているミトコンドリアDNAの変化速度をもとに計算すると、2つの系統は27万年ほど前に分かれたものであると推定されました。どうやらこれらの系統は、ツキノワグマが大陸から渡ってきた後に日本国内で分かれたもののようです。



2つの系統が接して分布するのはなぜ?
 徐々に少しずつ異なる配列に変化していくはずのミトコンドリアDNAなのに、図−1のように異なる2つの系統が隣接して位置しているのはなぜでしょうか?大変興味深いことに、ニホンジカでも同じように近畿地方を境にして東西に2つのミトコンドリアDNAの系統が分布していることがわかっています(Nagata et al. 1999)。どうやらこれら2種に共通して働いた要因が原因と考えたほうがよさそうです。いまのところ、場所は特定できないのですが、1万5千年〜2万5千年前の最終氷期の期間を東西2カ所の離れた場所で過ごしていた系統が氷河期の後に再び分布を広げた結果、現在の分布がもたらされたのではないかと考えています。最終氷期の最も寒冷な時期(約2万年前)には年平均気温が現在と比べて約6〜9℃低く、寒冷で乾燥した気候のために近畿・中国地方には針葉樹林が広く分布し、シカやツキノワグマの生息には適さなかったようです。おそらく氷河期終了後、また暖かくなり生息に適した環境が戻ったところに生き残った東西2つの集団から再び分布が拡大していったのでしょう。



なぜ現在も境界がある?
 図−1のデータを見るとミトコンドリアDNAの系統に関して少数ながら北近畿の2つの集団間で交流があるように見えます(北近畿西のタイプ02と03, 北近畿東のタイプ09)。しかし、交流があるように見えるこれらのミトコンドリアDNAのタイプは、すべてオスの個体で見つかったもので、メスでは見つかっていません。すでに述べたようにミトコンドリアは、子供へは母親経由でのみ遺伝するため、オスの持つミトコンドリアDNAは次世代には受け継がれません。したがってこれらのミトコンドリアDNAのタイプは、最近オス個体が移動してきたために持ち込まれたもののようです。多くのほ乳類で、オスは生まれた場所から離れたところへ移動した後に繁殖し、メスは生まれた場所の近くで繁殖するという性質が知られていますが、ツキノワグマにもこれが当てはまるようです。
 実は北海道に生息するヒグマでも類似した現象が観察されています。現在、北海道には大きく3つに分けられるミトコンドリアDNAの系統があり、石狩平野と知床半島の近くに系統の分布を分ける境界があることがわかっています(Matsuhashi et al. 1999)。ヒグマの場合も異なる場所で過ごしてきた3つの系統が異なった時期に異なる経路を経て北海道に侵入し、メスがあまり移動しないことによってそれが現在も維持されているのではないかと考えられています。しかしメスがあまり移動しないといっても、長い年月の間には少しずつ分布を広げて異なる系統が混じりあいそうなものです。クマの仲間では母親から娘へと代々縄張りが受け渡され、よそから若いメスがやって来ても絶対に繁殖できないような厳しい競争関係があるということなのかどうか、今後の生態学的な研究が待たれます。
 境界になっている由良川の流域には縄文時代以降の遺跡や古墳が数多く見つかっています。どうやらその周辺にはかなり古くから人間が住んでいたようです。氷河期が終わりツキノワグマ(とニホンジカ)が再び近畿地方に戻ってきた頃にはすでに人間が住んでいて、その後ずっと狩猟の対象になることで自由な移動が制限され、それも一つの要因となって系統の境界が維持されているのかもしれません。いずれにしても、観察されたミトコンドリアDNAの2つの系統の境界線は、ツキノワグマがこの地域からいなくならない限り今後も維持されていきそうです。


図−2 ミトコンドリアDNAの塩基配列
 2つのタイプ(UtCR03と18)を比べたもので、矢印の位置に塩基置換がある。



図−3 近畿・中国地方のツキノワグマのミトコンドリアDNAの分子系統樹
 アメリカクロクマを外群に用いて近隣結合法により描いたもので、観察されたツキノワグマのミトコンドリアDNAのタイプは2つの系統に分かれていた。括弧内は繰り返し配列の繰り返し数のみ異なるタイプ。



保全にどう生かす?
 由良川を挟む東西の北近畿の集団間で頭骨の形態が少し異なっているという観察結果が報告されています。この結果からこれらの集団の間には遺伝的な交流はあまりなく、それぞれが独立した集団ではないかと考えられてきました。ミトコンドリアDNAのデータは、確かにこの形態の違いが遺伝的な背景の違いを反映したものであることを示唆しています。しかし、マイクロサテライトDNAを遺伝マーカーとして用いた研究から、これらの集団の間にはわずかながらも遺伝的交流があることが示されています。ミトコンドリアDNAのデータは、それがオスの個体を経由して起きていることを示唆していました。
 マイクロサテライトDNAの低い多様性から考えて、東中国、西中国、北近畿西側のそれぞれの地域集団が保持している様々な遺伝子の多様性は、北近畿東側の集団よりもかなり低いと思われます。今後も中国地方の2集団で孤立した状態が続けば、その多様性は失われ続ける可能性があります。また北近畿西側の集団も、今のままでは東側集団との交流がとだえ、やがて完全に孤立した状態になってしまうでしょう。一方、比較的高いマイクロサテライトDNAの多様性を示した北近畿東側の集団は、中部地方の集団と現在も遺伝的な交流があると考えられています。近畿・中国地方のツキノワグマを保全するには、現在の生息環境を確保し、同時に北近畿東側集団と西側の3つの集団の間で遺伝的な交流が可能になるように生態的回廊を整える必要があるでしょう。それができない場合には、やはり人間の手によってオス個体を移すなどの策を採らざるをえないかもしれません。西日本のツキノワグマのミトコンドリアDNAのタイプは2つの系統に分かれていました。しかし、観察された系統間の違いはこれまで様々な動物の種内レベルで観察されているものと比べてわずかなものであり、異なる系統の個体の間で交配が起きても遺伝的な不和は生じないでしょう。また、オス個体を移動させるだけなら観察されたミトコンドリアDNAの系統の分布に影響することはありません。
 すでに述べたように、我が国のツキノワグマは毎年2000頭前後捕獲されています。国内の生息数は1〜1.5万頭ほどと見積もられていることから考えて、この捕獲数は明らかに過剰です。孤立している地域集団だけでなく、日本全体でツキノワグマの保全を考える必要があります。その場合にも遺伝マーカーは、保全策を考えるうえで有効な情報を与えてくれることでしょう。



引用文献
(1) Ishibashi, Y., and T. Saitoh (2004) Phylogenetic relationships among fragmented Asian black bear (Ursus thibetanus) populations in western Japan. Conservation Genetics 5:311-323.
(2) 環境省自然環境局野生生物課(編)(2002)「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物−レッドデータブック−1 ほ乳類」発行・自然環境研究センター
(3) Matsuhashi, T., R. Masuda, T. Mano, and M. C. Yoshida (1999) Microevolution of the mitochondrial DNA control region in the Japanese brown bear (Ursus arctos) population. Molecular Biology and Evolution 16:676-684.
(4) 三浦慎吾,堀野眞一 (1999)「ツキノワグマは何頭以上いなければならないか−人口学からみた存続可能最少個体数(MVP)の試算−」生物科学 51(4): 225-238.
(5) Nagata, J., R. Masuda, H. B. Tamate, S. Hamasaki, K. Ochiai, M. Asada, S. Tatsuzawa et al. (1999). Two genetically distinct lineages of the sika deer, Cervus nippon, in Japanese islands: comparison of mitochondrial D-loop region sequences. Molecular Phylogenetics and Evolution 13:511-519.
(6) Saitoh, T., Y. Ishibashi, H. Kanamori, and E. Kitahara (2001) Genetic status of fragmented populations of the Asian black bear Ursus thibetanus in western Japan. Population Ecology 43:221-227.