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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.77


   氷河期の生き残り:ヤチカンバ

                           永光 輝義


ヤチカンバの分類と分布
 カンバ類(カバノキ属Betula)はふつう高木になりますが、成熟しても低木にしかならないヒメカンバ類が北極周辺のツンドラ地帯に分布しています。このヒメカンバ類は氷河期に日本列島にも分布していたと考えられており、それらのうち2種が現在、北海道に生き残っています。これらは、様似町のアポイ岳のみに生育するアポイカンバと、更別村と別海町の湿原に生育するヤチカンバです。
 ヤチカンバ(写真−1)は、1958年に更別村で発見され、渡辺・大木(1959)によって新種B. tatewakianaとして報告されました。その後、1974年に別海町でも本種が見つかりました(粟野・粟野1994)。伊藤(1989)は、サハリン、朝鮮、中国東北、ウスリーに分布するB. ovalifoliaに本種が含まれるとしました。ヤチカンバは、自生地が局限しており、環境の変化を受けやすい湿地に生育するため植物レッドデータブックで絶滅危惧U類に指定されています(環境庁2000)。また、更別村の自生地は北海道の、別海町の自生地は別海町の天然記念物に指定されています。これらの自生地は直線距離で約170km離れており、互いに隔離されているといえます。
 これら2カ所の自生地は、佐藤ら(1997)と橘ら(1997)によって調査されました。更別村の自生地(写真−2)は、1958年には更別湿原の周辺に幅20〜100m、長さ1500m(3〜15ha)の範囲にありましたが、1995年には2.14haの群落になっていました。別海町の自生地がある西別湿原(写真−3)は、1965年には68.06haの面積があったものの、1995年には16.36haに減っていました。更別村の自生地は乾燥し、ミズゴケ類やスゲ類はなく、ミヤコザサやワラビ、オオイタドリが侵入してい ます。しかし、別海町の自生地は、チャミズゴケやハナゴケ、ヌマガヤなどが生育する湿原の環境が維持されています。現存するヤチカンバは、更別村の自生地で約3600株、別海町の自生地で約9万株と推定されました。よって、生育地の環境条件は別海より更別で悪く、株数も別海より更別で少ないといえます。


写真−1 果実をつけたヤチカンバ


写真−2 更別村の自生地


写真−3 別海町の自生地



ヤチカンバの遺伝的変異とストレス
 これらの事実をふまえてNagamitsuら(2004)は、葉の形態とDNA分子の変異が別海より更別で小さく、葉の対称性の歪みが別海より更別で大きいのではないかと考えました。ヒメカンバ類は地面を這う枝から萌芽して株分かれし、遺伝的に同じ株(クローン)で増えることがあります。このような無性繁殖によってクローンが増加した場合、遺伝的に異なる個体数は株数よりも少なくなります。個体数が少なくなると、世代交代の時、まれな対立遺伝子がたまたま子孫に受け継がれないことが起こります。このため、個体数の少ない集団では遺伝的変異が低下する傾向があります。このようなことがヤチカンバで起こっているかを明らかにするため、遺伝的変異を葉の形態とDNA分子を用いて調べ、個体数の減少によってヤチカンバの遺伝的変異が低下するかどうかを確かめました。また、対称性のある生物の器官はストレスによってその対称性が歪んでくることが知られています。カバノキ属の葉の左右対称性も環境汚染や低温によって歪むことがわかっています。そこで、葉の対称性の歪みも調べ、生育地の環境条件の悪化によってヤチカンバがストレスを受けているかどうかを確かめました。
 更別の50株と別海の50株を調べたところ、遺伝的に異なる個体数は更別で49、別海で45でした。これら計94個体のうち6個体(6.4%)が遺伝的に同じ株(クローン)をそれぞれ2つ持っていました。ですから、ヤチカンバの無性繁殖の頻度は低く、遺伝的に異なる個体数は株数とあまり変わらないといえます。
 更別の葉は細長く、別海の葉は短く幅広い傾向がありました(図−1)。しかし、葉の形のばらつきは更別と別海の間で大きく重なっていました。葉形態の7つの要素(幅の最大となる位置から先端部までの長さ、最大幅位置から基部までの長さ、葉柄付着点を中心とした基部の角度、最大幅、葉柄の長さ、葉脈の数、第1葉脈と第2葉脈の間の鋸歯数)における変動係数(標準偏差/平均)のうち、3つは別海より更別で大きくなっていましたが、更別より別海で変動係数が大きい葉形態はありませんでした。これらの結果は、予想とは逆でした。更別と別海の集団は、隔離されているにもかかわらず葉の形態の違いは小さく、小集団の更別が大集団の別海より変異が大きかったからです。
 DNA分子の変異も同じような結果を示しました。DNAは4つの塩基(A, T, G, C)の配列から構成されています。これらの塩基の繰り返し(たとえ ばATATAT...ATATなど)を持つDNAの領域は塩基数が変わりやすく、個体によってそのDNAの長さが違います。このような繰り返し配列が見られる4つのDNA領域で、DNAの長さのばらつきは更別と別海の間で大きく重なっていました。そして、長さの違うDNAの種類(対立遺伝子)数は、別海より更別で多い傾向がありました(図−2)。よって、更別と別海との間の遺伝的分化は小さく、小集団の更別が大集団の別海より大きな遺伝的変異を持っていることがDNA分子からもわかりました。
 以上の結果から、最後の氷河期が終わりヤチカンバの集団が縮小し孤立したにもかかわらず遺伝的変異はあまり失われなかったとNagamitsuら(2004)は解釈しました。この理由として、個体の寿命が長いことなどが考えられます。
 一方、葉の対称性の歪みは、予想通り別海より更別で大きくなっていました。この結果は、湿原外植物の侵入や乾燥化といった環境条件の悪化によってヤチカンバがストレスを受けていることを示しています。


図−1 葉の形態の判別分析
 第1判別係数が大きいと短く幅広い葉を、小さいと細長い葉を表す。第2判別係数が大きいと葉柄が長く、小さいと葉柄が短い。
 ×が更別、○が別海の集団のヤチカンバの葉を表す。



図−2 調査個体数の増加にともなう対立遺伝子数の変化
それぞれのグラフは異なる繰り返し配列のDNA領域(Bpe110, Bpe54, Bmax097, Bmax624)を示す。別海町の自生地は、西別湿原周辺部の低木林と中心部の湿原の部分でそれぞれ調査した。折れ線は、更別村の自生地における対立遺伝子数の95%信頼区間を示す。




保全への提言
 この研究でわかった遺伝的変異とストレスに関する知見から、北海道の2カ所の自生地に残されたヤチカンバの保全策は次のようにまとめられます。
 現存する個体を枯死させないことが最も重要です。なぜなら、現存個体は過去の遺伝的変異を受け継いでいるからです。枯死率を下げるには、排水溝を埋め戻したり、湿原外植物を取り除いたりして、自生地の環境を湿原に戻すことが大切です。特に、更別村の自生地の環境を改善する必要があります。
 不幸にも、更別か別海のどちらかの集団が失われたら、残ったもう一方の集団からの移植によって失われた集団を復元するべきです。なぜなら、自生地が一つになってしまうと日本からヤチカンバが絶滅するリスクが高まるからです。現存する2つの集団の遺伝的変異は大きく重なっているので、人為的移植によってほとんどの遺伝的変異は回復できます。



引用文献
(1) 粟野武夫・粟野節(1994)根室管内の植物。グループ北のふるさと
(2) 伊藤浩司(1989)カバノキ科。佐竹義輔ら編「日本の野生植物(木本I)」52-65。平凡社
(3) 環境庁(2000)「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物_レッドデータブック_8植物I(維管束植物)」自然環境研究センター
(4) 佐藤雅俊・植村滋・橘ヒサ子(1997)道指定天然記念物更別ヤチカンバ林の構造と保全の現状。財団法人自然保護助成基金1994/1995年度研究助成報告書: 203-214
(5) 橘ヒサ子・大杉洋子・佐藤雅俊(1997)西別湿原ヤチカンバ群落の構造(予報)。財団法人自然保護助成基金1994/1995年度研究助成報告書: 215-222
(6) Nagamitsu T, Kawahara T, Hotta M(2004)Phenotypic variation and leaf fluctuating asymmetry in isolated populations of an endangered dwarf birch Betula ovalifolia in Hokkaido, Japan. Plant Species Biology 19:13-22
(7) 渡辺定元・大木正夫(1959)北海道産カバノキ属の一新種。植物研究雑誌34: 329-332