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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.74


   森林土壌における温室効果ガス発生・吸収の実態

                           石塚 成宏、阪田 匡司、高橋 正通、田中 永晴


はじめに
 地球は薄い大気の層に覆われており、大気中の温室効果ガスが太陽の光エネルギーを直接的あるいは間接的に吸収することによって、大気を適当な温度に保っている。しかし、近年人類が大気中に様々な物質を大量に放出するようになり、大気中のガス濃度が大きく変化している。これが地球温暖化を引き起こすのではないか、と心配されている。主な温室効果ガスは二酸化炭素(CO2)・メタン(CH4)・ハロカーボン類(冷媒用フロン類、PFC、HFCなど)・亜酸化窒素(N2O)で、1750年から2000年にかけての温暖化への寄与率はそれぞれ60%、20%、14%、6%とされている(1)。ハロカーボン類は人工的に作り出されたガスなので、森林生態系が関与する重要な温室効果ガスはCO2・メタン・N2Oである。我々が土壌からの温室効果ガス発生・吸収の研究を本格的に開始した1995年当時、国内の森林におけるCO2発生・吸収に関する研究はまだ少なく、メタンとN2Oに関してはほぼ皆無という状況であった。その後、温暖化防止条約の関係でCO2に関する研究は格段に増加したが、CO2に比べて重要性の低いメタンとN2Oに関しては相変わらずそれほど多くはない。
 本レポートでは現在までの我々の研究成果を紹介し、現段階でのこれら温室効果ガス研究における問題点を整理する。



温室効果ガス発生・吸収測定法
 土壌表面からの温室効果ガス発生・吸収を測定する方法として、一定の大きさの筒状の容器を地面にかぶせ、その内部のガス濃度を測定するチャンバー法が一般的である。我々はCO2、メタン、N2Oを同一のサンプルで測定するために、数あるチャンバー法の中で、容器を密閉し内部のガスを動かさないクローズド・ノンフロースルー型を採用した。
 北は北海道から南は沖縄に至るまで日本全国に試験地(図−1)を設定し、同一設計のチャンバーを1試験地につき3〜9個設置した。ガスのサンプリング、分析方法および発生速度の計算は阪田の方法(2)を用いた。測定間隔は月1回、一日1回を基本とした。


図−1 試験地位置図



二酸化炭素(CO2
 土壌は大量の炭素を蓄積しており、これを徐々に分解してCO2として放出している。土壌表面からのCO2発生速度に関しては、土壌中の微生物活性の指標として現在まで世界中で研究結果が発表されている(3)。この成果によると、植生帯の違いによってCO2発生速度は異なる。土壌からのCO2発生源は大きく分けて、@落葉等の有機物層(以下、Ao層)の分解 A土壌中の有機物の分解 B根の呼吸 の3つが主であると考えられる。
 土壌からのCO2発生速度は地温に大きく影響を受け、深さ5cmの地温と発生速度の間には指数関数的な関係がある(図−2)。この地温と発生速度の関係を利用して、年間を通した地温観測値から単位面積当たりの年間CO2発生量を計算することができる。年間CO2発生量は標高が高くなるほど少なくなる傾向が認められるが(図−3)、年間積算地温と年間CO2発生量の関係は明瞭ではなかった(図−4)。土壌の培養実験から、上記のAに相当するCO2発生量を算出した(図−4)。その結果、Aに相当するCO2発生量は年間積算地温が高くなるほど多くなる傾向があった。このことから、年間積算地温が低い北方や高標高の場所ほど、全体のCO2発生量に対する土壌有機物分解以外(すなわち根の呼吸およびAo層の分解)からのCO2発生量の占める割合が高くなる傾向があることがわかる。Ao層や分解されやすい土壌糖量は北方や高標高ほど多く、気温の上昇によってこれらの炭素源の分解が促進された場合、土壌からのCO2生成速度が顕著に増加するのは北方や高標高地域であると予測される。


図−2 地温と土壌からのCO2発生速度の関係(鹿北の例)


図−3 標高と土壌からのCO2発生量の関係


図−4 年間積算地温と年間CO2発生量の関係



メタン(CH4

 メタンは大気中に1.8ppmしかないが、同じ量ならCO2の23倍の効果を持つ温室効果ガスである。メタンとN2Oは樹木による発生・吸収がないと考えられるため、これらのガスの森林生態系からの発生・吸収量は、森林土壌からの発生・吸収量にほぼ等しい。森林土壌中は一般的に酸素が十分にあるため、メタン酸化菌によってメタンは分解され、地表面ではあたかも大気中のメタンが吸収されているように観測される。
 メタンの平均吸収速度は、炭素の量として1u1日当たり0.14〜4.97mgの範囲であった。これらの値はヨーロッパの観測値より大きく、北米の値よりもやや小さかった。北海道の観測値は1.57mgと本州以南の観測値2.13mgよりも低く、低湿な土壌が広がる北海道においては、吸収量が少ないと考えられる(森下ら、未発表)。
 深さ別に単位体積当たりのメタン吸収能力を測定したところ、深さ0〜5cmのメタン吸収能力は平均メタン吸収速度と良好な相関を示した(図−5)。日本の森林土壌では炭素の量として1u1日当たり3mg以上のメタン吸収速度を示す地点が多く認められるが、これは深さ0〜5cmのメタン吸収能力が高いためだと考えられる。
 温暖化によって土壌のメタン吸収能力がどのように変化するかを解析するために、ここで得られたメタン吸収能力とその温度依存性、地温および土壌の気相率とガス拡散係数から、土壌中のガス移動モデルを作成した。これを用いて、年平均地温の上昇(2℃および4℃)および大気メタン濃度上昇(+0.2, +1.2, +2.2ppmの3通り)の2つの温暖化シナリオと、それらが同時におこった場合(2℃上昇と0.2ppm増加、および2℃上昇と1.2ppm上昇)に対するメタン吸収速度の変化を解析した。その結果、温度の上昇はほとんど吸収速度に影響を与えず、一方、大気メタン濃度の上昇に対しては吸収速度が増加する結果が得られた(図−6)。この結果から、メタン濃度の上昇による温暖化がおこった場合、メタン濃度を低下させるような温暖化抑制機能を持つことが明らかになった。


図−5 0〜5cmの土壌のメタン吸収能力とメタン吸収速度との関係


図−6 いくつかの温暖化シナリオに対する土壌のメタン吸収速度の変化予測(加波山の例)



亜酸化窒素(N2O)
 N2Oは大気中に0.31ppmとCO2の1000分の1ほどしか存在しないが、なかなか分解されない上に熱の吸収効率が高い。同じ量ならCO2の300倍もの温室効果を持つ無視できない温室効果ガスである。森林土壌、特に熱帯雨林はN2Oの重要な発生源だと考えられている。温帯域におけるN2Oフラックスの研究は北米と欧州でおこなわれたものが主であり、現在でもその推定幅が年間0.1〜2.0Tgと20倍の幅を持っていて推定精度が悪い。
 日本の森林土壌からは、窒素の量として1u1日当たり8.4〜103 μgのN2Oが放出されていた。この値はドイツを除くヨーロッパや北米とほぼ同程度であった。全体的な傾向としては夏季の地温が高い時期に発生量が多く、冬季の発生量は少なかった。しかし、全観測数の58%でN2Oの発生が検出できない上に、全くN2Oを発生していなかった土壌表面からある時大量に発生するなど時空間不均一性が著しく、発生量推定の精度と評価に関して課題を残している。



残された課題・問題点
 降雨の影響や積雪地での積雪期間中の挙動などの考慮が必要で、これらを勘案した推定式を元にした年間吸収量を算出し、推定精度を向上させる必要がある。また、各ガスの発生・吸収量について、生態系間の差を制御する因子が現状ではわからない。メタンに関しては、水溶性アルミニウム量(4)やモノテルペン(5)などのメタン酸化阻害物質がその制御要因としての可能性を持っているが、まだ検証されていない。N2O発生の時空間不均一性は以前からも「ホットスポット説」として知られており、なぜこの様な不均一な発生がおこるのかを明らかにすることが最重要課題である。ただ、20年以上も前から知られていた問題であり、その解決にはまだ年数がかかるかもしれない。
 これらの観測はまだ始まったばかりといっても良い。我々の観測にしてもまだ観測点数が30点程度と少なく、全国平均値を算出するにはさらに多くの観測例が必要である。現在、農林水産省のプロジェクトで地点数を増加させると同時に、森林施業の影響を評価する作業をおこなっている。



おわりに
 本研究は森林総研運営費交付金「森林、海洋等におけるCO2収支の評価の高度化」、農林水産省「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」および環境省地球環境研究総合推進費の各プロジェクトによりおこなわれた成果である。



引用文献
(1) IPCC, 2001: Climate Change 2001: The Scientific Basis (Houghton et al. eds), Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 881p(2001)
(2) 阪田匡司: 地表面のガスフラックス.(森林立地調査法,森林立地調査法編集委員会編,284pp.,博友社,東京), 209-211 (1999)
(3) Raich J. W. and Schlesinger W. H.: The global carbon dioxide flux in soil respiration and its relationship to vegetation and climate. Tellus, 44B, 81-99(1992)
(4) Tamai N., Takenaka C., Ishizuka S. and Tezuka T.: Methane flux and regulatory variables in soils of three equal-aged Japanese cypress (Chamaecyparis obtusa) forests in central Japan. Soil Biol. Biochem., 35, 633-641(2003)
(5) Amaral J. A. and Knowles R.: Inhibition of methane consumption in forest soils by monoterpenes. J. Chem. Ecology, 24, 723-734(1998)