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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.73


   森林生態系の健全性評価手法

                                   丸山 温、北尾光俊、飛田博順、山口岳広


はじめに
 1992年にブラジルで開催された国連環境開発会議で、「地球上の全ての森林が持続的に管理経営されなければならない」とした「森林原則声明」が採択された。この声明を具体化させるためのフォローアップとして、温・亜寒帯地域の国々の持続可能な森林経営のための基準と指標選びが進められ、1995年2月にチリのサンチャゴで開かれた第6回の会合で、最終的に7つの基準と67の指標が合意された。このフォローアップの一連の作業はカナダのモントリオールでの会合からはじまったので、モントリオール・プロセスと呼ばれている。用語を簡単に説明すると、生物多様性は保全されているか?森林生産力は維持されているか?それぞれ評価すべきカテゴリーが「基準」、その基準を何でもって評価するかの「何」にあたるのが「指標」、その指標の変化を定期的、体系的に計測・評価することが「モニタリング」である。
 森林総合研究所北海道支所では、「国際的基準に基づいた生物多様性および森林の健全性評価手法の開発」の研究課題の中で、7つの基準のうち「基準1.生物多様性の保全」と「基準3.森林生態系の健全性と活力の維持」について、北海道地域の森林に適した評価手法の開発を目的とする研究を行っている。その中で、奥定山渓国有林をモデルに、基準3に関連する新たな指標とそのモニタリング手法の確立に向けて取り組んでいる研究の成果を紹介する。



森林生態系の健全性
 森林生態系が健全な状態にあれば、樹木はその自然環境・立地条件での本来の成長・生育状態を示す。通常自然条件下で受けるストレス以外の、またはその範囲を超えた、何らかのストレスにより、樹木の成長、生育が影響を受けている場合、森林の健全性が低下していると評価できる。こうした健全性の低下は、目に見えない樹高・直径成長の低下や、葉量の減少、部分枯れから枯死に至る可視被害として発現する。例えば、1980年代以降旧西ドイツ南部からヨーロッパ、北米に広がった森林の衰退は、大気汚染や酸性降下物などの人為的要因および病虫害、気象害などの自然的要因の単独または複合作用によって、森林生態系の健全性が通常起こりうる変動の範囲を超えて低下し た結果、発現した被害である。我が国でも、高度成長期以降1970年代から都市部の樹木に異常落葉や枯損などの衰退が見られるようになった。なかでも関東地方におけるスギの衰退は古くから顕在化し、1970年代前半から80年代半ばにかけて、強度の枯れ下がりから枯死に至る重度の衰退が標高100m以下の平野部ほぼ全域に広がった。他にも丹沢のブナやモミ、奥日光のダケカンバ、シラビソ、オオシラビソ、福井県や瀬戸内地方のスギなどに樹勢の衰退が認められている。これらはいずれも、何らかの要因によって地域の森林生態系の健全性が低下した結果と考えられる。
 道内では、ほとんどの森林は健全性が保たれており、現在のところ樹木の広域的な衰退被害は見られない。しかし、札幌近郊とその周辺では、尾根筋や樹冠の突出したトドマツやエゾマツ個体に樹勢の衰退が認められる。また健全な林分が広がる地域でも、道路の開設や拡張などの環境変化が引き金になって、部分的に着葉率の低下や部分枯れなどの衰退が発生している(2)
 以上のことから道内の森林においても、持続的森林経営の基準として生態系の健全性を評価する場合に、健全性の低下に伴う樹勢衰退のモニタリングは有効な手段と考えられる。そこで、樹冠部の着葉率の低下や部分枯れを指標にして、針葉樹健全性の評価を試みた。また、伐採や道路開設などの撹乱による蒸散の増大が衰退を促進する一要因と考えられているので、択伐の前後で樹冠部の水分状態を調べ、環境変化が樹木の健全性に与える影響を検討した。



方法
 樹勢の調査は、高密度路網が整備され、長年にわたって伐採や造林などの人為の影響を受け続けてきた奥定山渓国有林で行った。林道から樹冠の状態が視認できる範囲のエゾマツ、アカエゾマツ、トドマツの成木について、目視により樹冠部の着葉状態を判定した。健全性の数値評価については、旧西ドイツでの森林衰退のモニタリング開始以降、樹勢の衰退度(Damage Category)によって判定されているので、ここでもこの方式に従った。樹勢の衰退度の判定は山家(6)のスギ樹勢評価基準および旧西ドイツの評価マニュアルを参考にし、樹冠部の葉量減少と枯れ枝発生の程度から、個体の衰退度を1(健全/微害)から5(激害/枯死)の5段階で評価した(表−1、写真−1)。若齢造林地の造林木で、冬季乾燥害などによる枯損と推定される個体については、評価の対象から除外した。
 林分衰退度は、樹種・林相が同じでおおむね数haまでの林分を一つの単位として判定した。樹勢の衰退度は個体によってばらつきがあるため、林分全体の衰退度は林分に占める割合の最も多い衰退度を示す個体に基づいて、0.5刻みで評価した。例えば、林分衰退度2とは衰退度2の個体の占める割合が最も多い林分、林分衰退度1.5とは衰退度1の個体と衰退度2の個体がおおむね半分ずつ程度混在する林分を指す。
 樹冠部の水分状態の測定は、施業指標林A、C、D(標高620〜670m)のトドマツとエゾマツの成木を対象に行った。A、C、Dとも上層はエゾマツ、トドマツを主体とし、択伐前の材積はそれぞれ336、377、325m3/haで、2001年10月に材積率でそれぞれ19.6%、27.6%、19.4%の択伐が行われた。対照として、施業指標林Dの下部で択伐を行わなかった林分についても同様の測定を行った(以後D'とする)。樹高10m以上の個体について、高枝鋏を用いて十分陽の当たっている地上3〜5mの部位の枝葉を1個体当たり5〜6本採集し、直ちに湿った濾紙とともにチャック付きポリ袋に密閉して、保冷剤を入れた保冷箱に保存した。こうすることで、測定までの間の蒸散による水分の低下を防いだ(5)。枝葉は1箇所1樹種につき4〜7個体から採取し、実験室に持ち帰って、プレッシャーチャンバーを用いて木部圧ポテンシャルを測定した。得られた木部圧ポテンシャルの値を、そのまま樹冠部の水ポテンシャルとして用いた。木部圧ポテンシャル、水ポテンシャルはいずれも水分状態を表す指標で、幹・枝や葉などの乾燥の程度を評価するときに用いられる。通常負(マイナス)の値をとり、低い(絶対値が大きい)ほど乾燥していることを示す。試料の採取・測定は、択伐前の2001年は施業指標林Aは7月10日、同Cは8月6日、同DとD'は両日に、択伐後の2002年は全て7月29日に行った。施業指標林Cについては、ほとんどのトドマツ成木が択伐の対象となったため、2002年夏季の択伐後はトドマツを対象とする測定は行えなかった。

表−1 樹勢の衰退度評価基準
衰退度 着葉率 評 価 基 準
90%以上 おおむね健全
75〜90% 弱度の衰退、樹勢が低下しはじめる
40〜75% 中度の衰退、着葉は枝先/枯枝発生
10〜40% 強度の衰退、枯枝多い/上半枯
10%未満 激しい衰退〜枯死


写真−1 樹勢の衰退度の判定例
 手前の個体:衰退度4(強度の衰退)
 左奥の個体:衰退度1(おおむね健全)



結果と考察
 奥定山渓国有林における針葉樹林分の衰退マップを図−1に示す。衰退は標高の高い一部の地域や大きな撹乱を受けた国道230号線沿いの他は、尾根筋などの樹冠部が突出した個体に限られており、他の大部分の林分はほぼ健全と評価された。衰退が認められた林分でも衰退度は2.5から3程度で、関東平野のスギなどと比較して健全性は十分に保たれていると言えそうだ。
 林分によっては激しい衰退〜枯死の個体も見られたが、単木的でその割合は非常に少なく、林分単位での健全性の低下と評価すべきでないと考えた。樹冠の突出した個体では、尾根筋や鞍部で樹勢の衰退が認められた。突出した樹冠部の葉は風の影響で蒸散が大きくなるので、水分状態が悪化しやすい。さらに土壌も乾燥しやすいため、水ストレスが強くなることが予想される。着葉率の低下や部分枯れのほとんどが突出した個体に限られていたことから、スギ(4)と同様に乾燥が樹勢の衰退を促進する要因の一つになっていると考えられる。
 択伐前の葉の水ポテンシャルはエゾマツ、トドマツともおよそ−1.2〜−0.8MPa(MPa:メガパスカル、1MPa=10bar)で、通常のエゾマツ、トドマツ成木で調べられた結果(それぞれ−0.97MPa、−0.93MPa)(1)とほぼ同じであった(図−2)。エゾマツは、択伐の入らなかったD'区では年によって変わらなかったが、択伐の入ったA、C、D区では択伐後の2002年が択伐前の2001年と比べて低かった。一方トドマツは、D区では択伐後の2002年の水ポテンシャルが低かったが、A区とD'区では変わらなかった。これらの結果は、択伐後に残されたエゾマツの蒸散量が増大し、樹冠部の水分状態が悪化した可能性を示唆している。ただし、択伐後の水ポテンシャルは−1.7〜−1.3MPaで、衰退が進行した林分で調べられたエゾマツ(−1.82〜−1.74MPa)(1)と比べてやや高かった(絶対値が小さかった)。エゾマツ針葉のしおれを起こす水ポテンシャルが−2.4MPa程度で(3)、ここで得られた水ポテンシャルと比べてかなり低いことを考慮に入れると、残されたエゾマツが強い水ストレスを受けているとは言えない。ただし、2002年は8月に多雨低温が続いたため、試料の採取・測定が1日しか行えなかった。択伐が樹冠部の水分状態に与える影響を明らかにするためには、引き続いて測定を行い、針葉の水ポテンシャルの違いをさらに詳しく調べる必要がある。


図−1 奥定山渓国有林の針葉樹衰退マップ


図−2 針葉の水ポテンシャル
    ○:2001年択伐前、●:2002年択伐後
    * :測定年間で有意差有り
    ns:測定年間で有意差なし



おわりに
 奥定山渓国有林では、針葉樹の樹勢から見た森林生態系の健全性はおおむね維持されていると言える。しかし、一部標高の高い林分など場所によっては衰退が認められた。また、高標高地を中心に伐採後ササに覆われて森林の再生が困難になっている林分も見られた。このような林分は健全性や生産力が低下していると評価されるだけでなく、「基準1.生物多様性の保全」の面から見ても持続的な森林経営上問題がある。伐採や林道の開設にあたっては、こうした影響に十分注意を払う必要がある。
 樹冠部の着葉率を基準とする健全性のモニタリングは、簡便に行える反面、同じ林分でも個体によってばらつきがあるため、衰退度ごとの林分面積やその全体に占める割合など定量的評価は容易ではない。樹冠部の水分状態の計測は目で見えないストレスを評価できるが、測定には機器(プレッシャーチャンバー、現時点で1台70万円程度)と高圧ガスが必要で、実施できる機関は限られる。モニタリング調査は継続して行う予定であるが、こうしたデメリットをいかに克服するかが今後の課題である。



引用文献
(1) Fukuda et al.(1997) Water relations of Yezo spruce and Todo fir in declined stands of boreal forest in Hokkaido. Japan. J. For. Res. 2: 79-84
(2) 丸山 温他(2000) 森林衰退とそのモニタリング.北方林業52: 99-102
(3) 丸山 温(1996) 北方産主要樹種の水分特性.北方林業48: 245-248
(4) 松本陽介他(1992) スギの水分生理特性と関東平野における近年の気象変動−樹木の衰退現象に関連して−.森林立地34: 2-13
(5) 水永博己他(1984) 木部圧ポテンシャル測定試料の有効保存時間.日林論95: 353-354
(6) 山家義人(1978) 都市域における環境悪化の指標としての樹木衰退と微生物相の変動.林試研報301: 119-129