戻る




   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.72


   北方系落葉広葉樹林における大気−森林間のCO交換量

                                   中井裕一郎、北村兼三、鈴木覚


はじめに
 大気−森林間のCO2交換量とは、森林生態系(植物と土壌)が大気中のCO2を吸収したり、大気中へCO2を放出したりする量のことを示す。最近は(大気−森林間の)CO2フラックスという用語もほぼ同じ意味で用いられている。大気−森林間のCO2交換量を長期間(例えば1年)集計して吸収量が放出量よりも大きい場合、その差引きの結果が森林のCO2吸収量ということになる。
 現在、大気中の二酸化炭素の増大とそれに伴う気候温暖化の進行が問題となり、様々なレベルで過去の気候変動について検証されるとともに将来予測が試みられている。その中で、海洋に比べて地域毎のバラエティに富んだ固有の生態系を形成している陸上植物群落のCO2交換量の評価は遅れている。
 森林群落のCO2収支に関わる研究に対しては、重要な森林機能の一つである気候形成機能を解明する観点から、あるいは温暖化ガス収支の観点から、地域から地球全体に至る様々なスケールで科学的、社会的な要請が大きい。また、陸域生態系のCO2収支に関係した、温暖化防止京都会議以降の社会的要請に対して、拠り所となる科学的な知見を積み重ねていくためにも森林群落のCO2収支に関わる研究が必要とされる。森林群落のCO2収支に関わる研究は、森林総合研究所中期目標の重点研究領域「地球環境変動の影響評価と予測」に位置づけられる。



微気象学的観測手法の特徴
 リアルタイムな現象としての植物生態系の二酸化炭素吸収・放出を捉える画期的な方法として、森林の上で空気の流れやCO2の濃度変化を直接測定して群落と大気との間のCO2交換量を求める微気象学的手法(乱流変動法または渦相関法)が計測機器やパーソナルコンピュータの発展・普及とともに実用化され、世界各地で観測が行われるようになってきた。森林と大気との間でCO2の交換量(フラックス、図−1の正味CO2フラックス)を微気象学的手法を用いて測定し、森林のCO2吸収量を推定することに関してその特徴を述べる。
 図−1でわかるように、微気象学的測定では、森林の上空に測器を設置するので森林より高いタワーが必要とされ、"タワーフラックス法"ともいわれる。フラックスの測定では、大気乱流による温度、湿度、CO2濃度の変化などを捉えるために応答の早い測器を使用する。この測定データを処理することによって森林と大気間のCO2交換量(NEE、Net Ecosystem Exchange)は30分毎に得られる。本手法を長期連続して実施すると、30分〜年の時間スケール、生態系群落空間スケールのNEEが得られる。このような時空間スケールでCO2吸収量(放出量)を得られる方法は他にない(Baldocchiら、2001)。得られたフラックスに簡単な前提条件のもとで統計処理を行うと、GPP (Gross Photo-synthesis Production、総光合成生産量)、 RE (Ecosystem Respiration、生態系呼吸量)、 NEP (Net Ecosystem Production、=-NEE、純生態系生産量)の分離なども行うことができる。
 得られた結果は日変化や季節変化をも議論できる多様な時間スケールと群落レベルの空間スケールが特徴である。このため、森林群落の炭素循環プロセスモデルやリモートセンシングモデルの検証データとして様々な時間解像度で使用できる。このことは群落のCO2収支に関するメカニズムの解明にとって、非常に重要なポイントである。また、本手法は、測定が困難と考えられている土壌炭素の収支を含めた森林群落レベルの炭素収支を測定する唯一の手法である。以上のような利点から、タワーフラックス法は森林群落の炭素循環メカニズム研究のワークフレームと位置づけられ、これを中核とした学際的研究が世界各国で展開されている。


図−1 森林群落内の炭素循環とタワーフラックス法



北海道支所におけるタワーフラックス研究
 ここでは、森林総合研究所フラックスネット(FFPRI Flux Net)の札幌森林気象試験地で1999年から開始された北方系落葉広葉樹林生態系におけるCO2吸収・放出量の気象学的観測研究を紹介する。
 森林総研フラックスネット札幌森林気象試験地は森林総合研究所北海道支所羊ヶ丘実験林内(札幌市内)の天然生落葉広葉樹2次林で、平均樹高20m、主要構成樹種はシラカンバ・ミズナラ・ハリギリ・シナノキなど、林床はチシマザサ・クマイザサが密生する。本森林は約100年前の山火事後に自然再生したもので優占種のシラカンバは成熟し徐々に衰退しつつあり、ミズナラなどを主とした森林にゆっくりと遷移していく段階にある。
 札幌森林気象試験地では、CO2交換量だけでなく、森林群落の様々な環境要素を総合的に測定している。最終的にCO2交換は水蒸気交換、熱交換と同じように大気乱流によって生じている。そのため、森林微気象の基本的要素を把握する必要がある。現在、観測中の微気象要素は群落内〜群落上の気温・湿度・風速の鉛直分布、樹冠層下と群落上における日射・赤外放射・光合成有効放射の各成分についての放射収支などである。さらに、林内の積雪深、地温、土壌水分、地下水位などの土壌物理水文観測を行っている。落葉広葉樹林であるため、樹木の開葉〜落葉を捉えるために、樹冠層の葉面積指数(Leaf Area Index、LAI)を光学的に推定している。



CO2交換量の季節変化
 2002年のNEEの季節変化をLAIや各種微気象要素とともに図−2に表す。着葉期の日積算NEEが日毎に激しく上下するのは光合成によるCO2吸収が日射量の変動(晴れか曇りか)に鋭敏に反応しているからである。NEEとLAIの季節変化を同時に見ると、樹木の開葉(5月)から7月ごろまではNEEの変化はLAIの変化とよく同調している。しかし、その後8〜9月にかけて LAIがあまり変化していないのに対してCO2吸収量は徐々に減少している。この吸収量の減少の原因は、日射量の減少による光合成速度の低下、気温や地温の上昇によって土壌呼吸など放出フラックスの増大、葉の光合成能力そのものの低下などによる。このような様々な要因が年によって異なることによりCO2吸収量の年々変動が生じることが推察される。
 積雪期のNEEを見ると一定した放出フラックスが継続している。積雪期のCO2放出量は日単位では小さいが、札幌の場合で約4ヶ月半程度継続することから、年間のCO2吸収量を計算する場合にはかなり大きなマイナス要因となる。今後、このような冬期フラックスの大きさを立地条件に応じて一般的に推定する方法を考える必要がある。
 葉の光合成能力はLAIといった量的側面だけでなく葉の質的変化(葉の成熟・老化による変化)によっても季節的に変動する(図−3)。この部分のモデル化ではLAI以外の葉の経時的な変化を導入する必要がある。生理・生態分野との連携による統合的な理解が現象解明に不可欠である。
 生態系呼吸量を地温の関数として表現すると、その年周期変化には明らかなヒステリシスが存在した。すなわち、同じ地温に対して春先4月〜7月ごろまでは8月以降や3月以前と比べてより高い生態系呼吸量が算出された(図−4、Nakaiら、2003)。原因として春期には植物の成長に伴う構成呼吸による放出フラックスが大きいことが想像されるが、具体的なメカニズムは植物の呼吸や土壌有機物の分解によるCO2放出フラックスの個別要素別の観測等によって今後、解明される必要がある。


図−2 CO交換量(NEE)、LAI、各種微気象要素の季節変化


図−3 LAIと群落全体の最大光合成能力Pmaxの季節変化


図−4 生態系呼吸量(夜間のNEE)と地温との関係



CO2交換量の年々変動
 本試験地における主要な樹木の開葉は、2002年が最も早く、1週間遅れて2001年、さらに1週間遅れて2000年の順であった。このような開葉時期の違いは、融雪・消雪と地温の上昇、気温、日射など森林群落全体の暖かさに関わる微気象要因が関わっているようだが、その正確なメカニズムは不明である。落葉広葉樹林の場合、フラックスの年間総量に関して着葉期間の長さが大きな影響を及ぼす。特に、春先の開葉時期には吸収フラックスの立ち上がりが北方へいくほど急激になるので、重要である。5月のCO2吸収量(炭素換算:tC/ha)を3ヵ年で比べると、2000年は-0.2(つまり放出)、2001年が0.4、2002年は0.6で年毎の差が大きい。さらに、夏期間のCO2吸収量の年毎の差は、温度と日射量の違いによって定性的には矛盾なく説明できた。以上のように年毎の気候の違いによって年間のCO2吸収量は2002年が約5tC/haで2000年の約2.5tC/haの2倍の大きさであった。
 なお、本研究は、平成10年度森林総研施設整備「二酸化炭素動態観測施設」、農水環境研究(CO2)による技会交付金、森林総研運営費交付金、文部科学省「RR2002、 陸域生態系モデル作成のためのパラメタリゼーションに関する研究」によってサポートされている。



引用文献
(1) Baldocchi, D.ほか. 2001. FLUXNET: A New Tool to Study the Temporal and Spatial Variability of Ecosystem-Scale Carbon Dioxide, Water Vapor and Energy Flux Densities., Bull. Amer. Meteorol. Soc. (アメリカ気象学会報), 82, 2415-2434.
(2) Y. Nakai, K. Kitamura, S. Suzuki, and S. Abe, 2003. Yearlong observation of the atmospheric exchange of CO2 with a secondary-successional broadleaf deciduous forest in Hokkaido, Japan, Tellus, 55B, 305-312.