戻る




   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.70


   定山渓森林理水試験地の水収支

                                   北村兼三、中井裕一郎、鈴木覚


はじめに
 森林流域の長期水収支観測データは、森林の水資源涵養機能を評価するための重要な基礎データである。森林総合研究所北海道支所「定山渓森林理水試験地」(札幌)は、積雪寒冷地における山地流域の水文特性を解明する目的で、1986年に当時の林野庁林業試験場北海道支場治山研究室により設定された(1)。試験流域は、「時雨1の沢」および「時雨2の沢」の2流域で、水文観測は1986年から始められた。最初は無積雪期のみの観測であったが、その後、1991年より通年観測が始まった。定山渓森林理水試験地では、これまでに森林の水収支、水流出機構、パイプ流、浮遊土砂、蒸発散等に関する研究が行われ、多くの研究成果が得られている。ここでは、試験流域の1つである「時雨1の沢」の10年間の水収支について報告する。



観測地概要
 「定山渓森林理水試験地」は、札幌市南区定山渓の北海道森林管理局 石狩森林管理署 2441林班に位置し、石狩川水系豊平川支流小樽内川支流に属する。緯度、経度、標高は、それぞれ 42°58'N、 141°10'E、310〜480mである。「時雨1の沢」の写真および地形を図−1に示す。1の沢の流域面積は1.998haである。流域の植生は、トドマツ、イタヤカエデ、ミズナラ、シナノキなどからなる北方系針広混交天然林で、蓄積は181m3/ha(1998年、プロット調査および航空写真から推定)である。 地質は石英斑岩である。
 測定項目は、降水量、流出量である。降水量は、下流の露場で観測している。流出量は、量水堰堤に設置した三角堰(60°Vノッチ)の越流水位測定から、水位−流量曲線(水位H[cm]、流量Q[ml/s];Q=8.9977・H^2.5232)により算出している。使用機器は、転倒ます式雨雪量計(中浅B012-20)および自記水位計(池田計器製作所 ADR-102)である。量水堰堤、三角堰、雨雪量計を写真−1に示す。


図−1 定山渓森林理水試験地 時雨1の沢


写真−1 左から量水堰堤、三角堰、雨量計



水収支について
 水収支(water balance)とは、一定期間、一定地域の水の出入りの関係を表すものである。ある流域において、地下深部への浸透による流域外への流出が無いと仮定すると、水収支の式は、
  Pr=Ev+Wd+ΔS     (1)
の様に表せる。ここで、Prは降水量、Evは損失量、Wdは流出量、ΔSは流域貯留変化量である。損失量は、主に植物による蒸散や遮断蒸発、地面からの蒸発からなり、流域からの蒸発散量に等しいとみなせる。流域貯留変化量は、地中に保持される土壌水や、積雪地域では積雪による貯留の変化量である。1年間の水収支では、流域内の貯留の変化が無いものとみなし、(1)式は、
  Pr=Ev+Wd     (2)
と表せる。ただし、ここでの年間水収支は暦年ではなく水年(water year)による統計をとる必要がある。水年とは、渇水期に始まり渇水期に終わる任意の12ヶ月で、前年の降水に由来する流出が繰り越されることによる水収支の誤差を少なくするために用いられる。水年の始まりは、それぞれの地域の気候条件によって異なる。例えば、太平洋側の気候では冬季が渇水期となるため、水年は暦年にほぼ一致するのに対し、積雪地域では積雪と融雪流出の時間差が大きいことから、秋を水年の始まりとすることが多い。また、梅雨が無い北海道では最も乾燥する初夏が水年の始まりとなる。



定山渓 時雨1の沢の水収支
 1の沢の1991〜2000年(10年間)の月単位の降水量および流出量の年変化を図−2に示す。まず降水の傾向を見ると、おおまかに3つの期間に分けられる。それは、4〜7月の降水が少ない時期、8〜11月の降水が多い時期、12〜3月の積雪期である。積雪期は他の期間の中間の降水量である。次に、流出の特徴として、おおよそ年2回の出水時期があることが分かる。1つは3月下旬〜5月上旬の融雪期、もう1つは月は定まっていないが8〜11月の秋雨季を含む時期である。期間小計の流出量は融雪期の方がかなり多く、ピーク流量も大抵融雪期の方が大きい。また、6・7月は融雪による流出が無くなり、さらに降水が最も少なくなることから低水期となる。
 次に、年間水収支を7月〜翌6月を1年とした水年で示す(図−3)。このグラフは、(2)式から分かるように「流出量+損失量=降水量」の関係があり、それぞれの棒の高さは総降水量に占めるそれぞれの割合である。この9年間では、降水量は1100mm〜1450mm、流出量は670mm〜1120mm、損失量は310mm〜510mmで変化し、平均は、降水量1260mm、流出量883mm(降水量の70%)、損失量377mm(降水量の30%)であった。また、流出量については、融雪期の流出約40%とその他の時期の流出約30%に分けられる。
 図−3について、年降水量に対する年流出量・年損失量の関係を示したものが図−4である。この図から、おおまかに言って損失量は降水量の多少に関係なくほぼ一定であること、流出量は降水量の増減に対してほぼ1対1の割合で増減し降水量の年変動がそのまま流出量の年変動につながることが分かる。損失量は流域からの蒸発散量に等しいとみなせることから、この流域からの蒸発散量は降水量に関係なくほぼ一定ということになる。
 次に、1の沢の流況指標を示す。河川流量の流況を表す指標に、豊水流量(1年を通じて95日はこれを下らない流量)、平水流量( 〃 185日 〃 )、低水流量( 〃 275日 〃 )、渇水流量( 〃 355日 〃 )がある。10年間の豊水流量、平水流量、低水流量について図−5に示す。それぞれの指数の平均値は、豊水流量1.62 mm/day、平水流量0.59 mm/day、低水流量0.28 mm/day である。


図−2 1の沢における月単位の降水量および流出量の年変化(1991〜2000年,10年間)


図−3 1の沢における年間(水年)水収支


図−4 降水量に対する流出量・損失量の関係


図−5 10年間の流況指数の変化



他の森林理水試験地との比較
 ここでは、定山渓試験地と森林総研の他の森林理水試験地との水収支の比較を行う。前出の図−4に、釜淵森林理水試験地(山形)(2)、竜の口山森林理水試験地(岡山)(3)および去川森林理水試験地(宮崎)(4)の年降水量に対する年流出量・年損失量の関係を加えたものを図−6に示す。この図から、どの流域も定山渓同様に、年降水量の変動に対して年損失量の変動は小さくほぼ一定の値をとることが分かる。それぞれの流域の年損失量の平均は、定山渓377mm、釜淵381mm、竜の口山795mm、去川 1120mmである。また、釜淵と去川、定山渓と竜の口山がそれぞれ同程度の降水量の値域にあるにもかかわらず、去川や竜の口山の方がおよそ倍ぐらい大きい損失量(蒸発散量)がある。この違いは、気候条件による蒸発散能や植物の活動度合の違いによると考えられる。実際、それぞれの地域の温量指数を見ると、定山渓69、釜淵91、竜の口山130、去川144(気温は最寄りの気象台の平年値を用いた)であり、気候条件や植物活動の違いが損失量 に影響していることがうかがえる。さらに、釜淵と定山渓は積雪地帯であることから植物の活動期間の短さも影響していると考えられる。
 また、それぞれの試験地の年降水量、年流出量の平均は、定山渓が1260mm、883mm、釜淵が2460mm、2079mm、竜の口山が1291mm、496mm、去川が2895mm、1775mmである(図−7)。このように定山渓は、降水量が少ない積雪地帯に位置する、損失量が少ない森林流域である。


図−6 年降水量に対する年流出量・年損失量の関係
 *試験地、緯度、使用データ年、水収支年;定山渓(札幌)、42°58'N、1991-2000、水年(7〜6月);釜淵(山形)、38°57'N、1979-1993、水年(10〜9月);竜の口山(岡山)、34°42'N、1965-1977、暦年;去川(宮崎)、31°51'N、1977-1986、暦年
 *流域名、流域面積、林相;定山渓1の沢、2.0ha、北方系針広混交林;釜淵1号、3.1ha、針広混交林;釜淵2号、2.5ha、針広混交林;竜の口山北谷、17.3ha、アカマツ・広葉樹林;去川1号、6.6ha、ヒノキ人工林;去川2号、9.2ha、常緑広葉樹林;去川3号、8.2ha、スギ・ヒノキ人工林



図−7 各試験地の水収支



おわりに
 森林理水試験地の長期水収支観測は、多くの方々の協力によって成り立つ業務である。定山渓森林理水試験地の維持・管理・観測業務に従事したこれまでの担当者は、真島征夫(現 森林総合研究所研究管理官)、北原曜(現 信州大学農学部)、清水晃(現 森林総合研究所水土保全研究領域)、坂本知己(現 森林総合研究所気象環境研究領域)、寺嶋智巳(現 千葉大学理学部)、白井知樹(現 (株)中日本航空)である。その他いろいろな面で事務部門職員の支援を受けている。また、石狩森林管理署には、試験地の維持管理上の便宜、御配慮を賜っている。今後、観測データを研究資料として公開していく予定である。

引用文献
(1)北原曜ほか:山地小流域からの流出(T), 日本林学会論文集, 98, 549-550, 1987
(2)細田育弘ほか:釜淵森林理水試験地観測報告 1・2号沢試験流域, 森林総合研究所研究報告, 376, 1-52, 1999
(3)関西支場防災研究室:竜の口山森林理水試験地観測報告, 林業試験場研究報告, 308, 133-195, 1979
(4)竹下幸ほか:去川森林理水試験地観測報告, 森林総合研究所研究報告, 370, 31-75, 1999