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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.67


   札幌周辺里山の植物の多様性にせまる

                    河原孝行、飯田滋生(海外研究領域派遣職員(JICA))


はじめに
 現在、全国的に森林の断片化や孤立化が問題になっています。札幌周辺でも都市化が進み、周辺を住宅に囲まれたり道路に貫通されている森林も少なくありません。それらの森林は昭和30年代までは薪炭林として利用されてきましたが、現在はその機能を失い、市民の憩いの場となる公園として利用されているところも多くみうけられます。また、農村と接する地域では防風雪林が広く見られますが、最近では農地に日陰や雪だまりをつくったり、広がった根が農地改良の際の妨げになったりと、しばしば防風雪林は邪魔者扱いされるようになってきています。
 その一方で、都市・里山における人間と自然の共生が叫ばれるようになり、身近な自然へ目が向けられるようになってきています。しかし、そこで生活している生物にどのような多様性があり、それがどのような要因に影響され、どのように維持されているか、また、どのようにすれば多様性は保全できるのか、十分に分かっていないのが現状です。北海道の里山と本州の里山とでは、植生や利用のされ方に違いがあり、本州の事例をそのまま適用することはできません。特に、防風雪林はこれまで森林としての取り扱いがされてこなかったことから、その中の生物多様性にはほとんど知見がありません。
 私達は札幌周辺の断片化・孤立化している里山植物の多様性の現状とその特徴を明らかにするための研究を行っています。また、この研究を通じてその多様性が保全・維持されるための仕組みを解明しようとしています。



調査の方法
 札幌の中心部から半径25km圏の48ヶ所について森林の植物の種を調査しました。内訳は大面積森林9ヶ所(大森林)、森林地帯の断片化林8ヶ所(断片林)、都市の孤立林9ヶ所(都市林)、農村防風雪林22ヶ所(防風林)です(図−1)。各調査箇所の林内にまず50m×10mのトランセクト(図−2)をつくり、5m×5mのコドラートを20個設定しました。そして、樹高2m以上胸高直径5cm以上の上木とそれ未満の林床植生に分けて調査しました。それぞれのコドラートにでてくる2m以上胸高直径5cm以上の樹木はすべて種類を調べ、胸高直径をはかりました。また、コドラートの中央に1m×1mのサブコドラートを作り、その中にでてくる林床植物(高さ2m以下)の種を記録しました。上木も林床も20個のコドラートまたはサブコドラートの内、何カ所で記録されたかを出現頻度としました。各森林の環境要素としてササの桿の高さと被度をコドラートごとに記録しました。また、長さ50mのトランセクトの4ヶ所で7・8月に全天写真を撮り、林冠の開いている割合を開空度としました。7月(夏)と10月(秋)には同様に4地点で土壌を採取し、土壌含水率を求めました。
 種多様度の指数として、種数とShannon関数による種多様度H’を求めました。H’は
 H’=−Σpi*log(pi
piはi番目の種の出現頻度、として表されます。ここでの対数は2を底に用いています。H’は種の多さと出現頻度を反映しており、種数が多いほど、また各種が均質によく見られるほど高い値となります。


 緑色:森林
 茶色:畑・草地
 水色:水田
 灰色:市街地
 青色:水面
図−1 札幌近郊の土地利用(一部)と対象とする森林タイプ例
   (土地利用図は北方林管理グループ、鷹尾主任研究官提供)


図−2 植生調査地の構成
 トランセクト(50m×10m)は20個のコドラート、20個のサブコドラートからなる



森林タイプごとの種多様性
 林床に出現する平均種数は都市林(32.6種)、断片林(31.8種)と人里に近いところの方で高い種数が観察されました(図−3A)。大森林では29.3種とすこし少なく、防風林では24.0種と最も少ない種数でした。しかし、各タイプの森林とも大きな変異がありました。種多様度H’でみても、同様の傾向で、都市林・断片林での多様度が高く、防風林で多様度がぐっと下がっていました(図−3B)。
 上木には植栽されているものと自生のものがありますが、全部をまとめて解析しています。大森林・断片林とも平均15.0種が観察されるのに対し、都市林では12.1種、防風林では9.6種と少なくなっています(図−3C)。H’で比べてみても同様の傾向でした。
 上木と林床の種数の関係を図に表したのが図−4です。上木と林床の種数には1%レベルの有意な正の相関(r2=0.261)が認められました。これは、上木の種数が多いところでは林床の種数も多いことを意味します。これは回帰直線の傾きには若干の差はありますが、大森林、断片林、都市林、防風林のいずれの場合にも当てはまるので、森林タイプに依らない一般的な傾向といえます。H’に関しても同様に有意な正の相関が認められました。


図−3 森林タイプごとの種多様性
 緑線は平均値、赤線は箱ひげ図を示す






種多様性に与える要因
 種多様性に与える環境要因として、ササの桿高、ササの被度、ササの量(桿高×被度)、胸高断面積合計、幹数、開空度、夏の土壌水分、秋の土壌水分を考え、林床及び上木の種多様性と相関のある環境要因を相関分析によって調べました。
 その結果、表−1にあるように、林床の種多様性(種数、H’)にはササの桿高、ササの被度、ササの量がいずれも1%レベルで有意な負の相関を示しました。すなわち、ササが高さや被度の面で林床を覆うと林床の植生の発達が悪くなるということです。それではササがどのような環境条件で繁茂しやすくなるのでしょうか。残念ながら、今回上にあげた他の環境要因との間には相関が認められませんでした。しかし、過密な植栽などで極端に暗くなった林床にはササも生えられないので、開空度は極端に閉鎖状況にあるときにはササを制御する要因の1つになっていると考えられます。胸高断面積は森林の成熟度を表していると考えられますが、林床植生の種多様度と弱い相関があり、森林が成熟するほど種の多様性が増加する傾向があることを示しています。
 上木では種数と幹数に1%レベルで有意な相関がありました(表−1)。除間伐が行われている森林では、造林樹種を中心に残されるので雑木が除かれていたことによるのかも知れません。

表−1 種多様性と環境要因の相関

環境要因 林   床 上   木
種 数 H’ 種 数 H’
ササ高 -0.397** -0.410** 0.049 0.059
ササ被度 -0.583** -0.617** -0.161 -0.088
ササ量 -0.510** -0.509** -0.123 -0.078
胸高断面積 0.223  0.132 0.070 0.029
幹数 0.149  0.070 0.387** 0.267
開空度 -0.120   -0.125 -0.019 -0.024
土壌水分_夏 -0.014   0.069 -0.238 -0.264
土壌水分_秋 0.045  0.101 -0.238 -0.235

**:1%レベルで有意



森林タイプごとの種構成
 これまでの結果から防風林の種多様性は上木においても林床においても低いことが分かりました。それでは、防風林は種の多様性の保全の上であまり役に立っていないのでしょうか?
 上木と林床に出現する各種を生態的な特徴に分けて、各森林がどのような種から構成されているのかを調べたのが図−5です。上木(図−5A)では防風林には湿性種(ハンノキ、ヤナギなど)の割合が高いことが分かります。林床(図−5B)においても、防風林には湿地性種(クサレダマ、キツリフネなど)や開放地性種(ススキ、エゾニュウなど)が占める割合が大きくなっています。これらの防風林に特徴的にあらわれる植物の中にはクロミサンザシやメハジキなど稀少化し現在絶滅が危惧されている植物も含まれています。湿性の自然草地やハンノキなど湿性林が広がっていた石狩平野の泥炭湿地は開拓・農地改良により農地になり、さらに明渠、暗渠が掘られ、乾燥化がすすんでいます。そのなかで防風林は従来周辺に普通に生育していた湿性植物や開放地性植物が逃げ込んでいるレフュージア(待避所)として大きな役割を果たしていると考えられます。
 また、図−5から帰化種は都市林・防風林で多く、大森林や断片林では少ないことが示されました。在来種の保全のためには都市林や防風林で帰化種の動態を把握し、必要に応じて対策を講ずることが必要です。


図−5 森林タイプごとの種構成



防風林の種多様性の維持
 それでは防風林に絞って解析することにします。防風林は幅10〜80mほどで長さは数10m〜数kmの細長い森林ですが、各防風林の間には農地や道路・住宅が広がり、お互い同士は分断されています。防風林によく見られる種をあげたのが表−2です。これをみると出現頻度が高い、すなわち、どこの防風林でもよく見られる種は、上木(ヤマグワ、ヤマブドウなど)、林床(ヤマグワ、ツルウメモドキなど)とも果実を鳥が食べることによって種子が運ばれる鳥散布植物が多いことが分かります。優占度上位種(占有する面積が広い種)は必ずしも出現頻度上位種とは一致していません。例えば、ミズナラは上木で2番目に優占度の高い種ですが出現頻度は高くありません。これはミズナラがある林分では普通によく見られるが、ないところも多い、という偏った分布をしていることを意味します。ミズナラの種子はネズミやカケスによって運ばれることが知られており、それらの動物の行動範囲に依存していると考えられます。
 図−6に防風林に出現したクロミサンザシの林分ごとの個体数と2002年度の開花率を示しました。開花率は集団の成熟度の指標となると考えられますが、個体数の少ない集団は開花率が低く、別のところから種子が運ばれてきて成立の途中にある集団と考えることができます。このように、それぞれ一見孤立したように見える防風林ですが、生物の移動を通じて相互に関係し合う生態系ネットワークを作っています。
 これから、防風林の間でどのくらいの植物の移動が起こっているのかを遺伝マーカーと種子を運ぶ鳥の動態観察を通じて明らかにし、どのような条件で好適な森林生態系のネットワークが維持されるかを研究していく予定です。

表−2 防風林の上木及び林床の出現頻度・優占度上位種と種子散布様式(植栽木を除く)

順位 上木出現頻度上位種 上木優占度上位種 林床出現頻度上位種 林床優占度上位種
ヤマグワ(14)B ヤマグワ(85)B クマイザサ(15)CG クマイザサ(241)CG
ヤマブドウ(9)B ミズナラ(39)BG ヤマグワ(15)B キツリフネ(92)M
ハリギリ(7)B エゾニワトコ(29)B ツルウメモドキ(13)B ツルウメモドキ(79)B
タラノキ(6)B ハルニレ(27)W エゾニワトコ(11)B オオウバユリ(72)W
エゾニワトコ(6)B ナナカマド(27)B ヤマブドウ(10)B ヤマグワ(68)B
ミズキ(5)B ハンノキ(24)W キツリフネ(10)M ツタウルシ(66)B
ナナカマド(5)B アズキナシ(22)B コマユミ(9)B ワラビ(65)CW
ヤマブドウ(21)B ワラビ(9)CW エゾイラクサ(52)W
イシミカワ(44)B
10 オオハンゴンソウ(43)W
B:鳥散布、C:クローン増殖、G:重力散布、M:機械散布、W:風散布
()内の数字は、出現頻度においては防風林調査地22ヶ所中にその種が出現した回数、優占度においては全調査地の累計コドラートまたはサブコドラート数(22ヶ所×20個=440個)中にその種が出現した累計回数を示す



図−6 クロミサンザシの個体数と開花率の関係