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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.64


   落葉広葉樹林における雪面からのCO放出量

                         鈴木 覚,中井裕一郎,北村兼三


はじめに
 近年は森林の炭素固定能力が注目され,世界各国で森林の炭素収支を精度よく見積もるために様々な観測がおこなわれている。ここで,落葉広葉樹林における大気−生態系間の炭素収支を季節ごとに見てみると,春から秋にかけては樹木などの植物が大気中のCOを取り込んで成長するために正味の吸収となる。逆に冬季は植物の成長がほとんどないためCOを吸収しないばかりでなく,成長期に固定した炭素の一部が主に土壌の分解として大気へ放出されて正味の放出となる。こうした正味の吸収と放出の合計量として年間の炭素固定量が見積もられる。
 寒冷な積雪地域では冬季の気温や地温が低いために土壌の分解によるCO放出量はごくわずかであると考えられ重要視されてこなかった。しかし,北海道などの冬季すなわち正味にCOを放出する期間が長い地域では,冬季のCO放出量の測定精度が年間の炭素収支に及ぼす影響が大きく,精度の高い測定が求められている。
 ここでは積雪下におけるCO濃度の連続観測の結果をもとに,積雪下でCO濃度が変化する原因や雪面から大気へ放出されるCO量について考察したい。



方法
1.地表面のCO濃度の測定
 観測は森林総合研究所北海道支所内の羊ヶ丘実験林で行った。シラカンバ,ミズナラ,ハリギリを主要な樹種とする落葉広葉樹林である(写真−1)。地表面(積雪の下)にCO濃度計(写真−2,3)を設置し,積雪期間のCO濃度変動を連続的に観測した。また,積雪深を連続的に観測するとともに週に2ないし3回の割合で積雪層の平均密度を測定した。積雪深と平均密度から積雪の気相率(積雪の中の空気の割合)を計算した。気温(地上2.7m),風速(地上2.7m),気圧などの気象諸量および地温(地中2cm),土壌の体積含水比(地中7cm)を測定した。

写真−1 観測をおこなった落葉広葉樹林


写真−2 CO濃度計。筒状の部分がCOセンサ


写真−3 穴やスリットをあけた塩ビ管を地表面に固定し,COセンサを挿入した

2.雪面からのCO放出量推定
 土壌で発生したCOが積雪を通過して雪面から大気へ放出されるメカニズムとして,大気の地表面乱流や起伏地形の上を風が通過する際に生じる微少な気圧変動によるポンピングなどさまざまな機構の関与が指摘されているが(1),一般的に積雪の底面と表面との間の濃度勾配が原動力となって生じるCOの移動が卓越していると考えられている。そこで,地表面と雪面間のCO濃度差と積雪深から濃度勾配を計算し,その値にCOの拡散係数を乗ずることで雪面からのCO放出量を算出した。ここで,COの拡散係数は温度や圧力の補正,並びに積雪の気相率などに応じて補正した値を用いた。



結果と考察
1.地表面のCO濃度変動
 積雪の下では雪面上とは大きく異なった環境が形成されている。積雪の下の環境が土壌分解に対してどのように作用するかを検討してみたい。地温に注目してみると,日平均気温が最低値として-13℃まで低下しているにもかかわらず,積雪期間をとおしてプラスの値を維持しており,ほとんど変動がないことがわかる(図−1b)。このように地温が気温ほど下がらずほぼ一定している理由は,積雪が断熱材として機能するためである。つまり,空気の熱伝導率は氷のおよそ1/100と小さいために,積雪に含まれる空気によって熱の移動が妨げられて地温が高く維持されるのである。シベリアの土壌を用いた実験では地温が-4℃以上のとき土壌の分解が起こると報告されており(2),羊ヶ丘実験林は土壌が分解されるのに十分な温度条件にあるといえる。また,地温と同様に土壌含水比についても積雪期間を通した変化が小さいことがわかる(図−1c)。一般に地温や土壌の水分量は土壌分解の強度に影響する要因の一つとして考えられており,積雪下において温度条件,水分条件がほぼ一定しているということは,積雪期間における土壌からのCO発生速度がほぼ一定した値で継続される可能性を示唆している。
 次に地表面(積雪の下)で測定したCO濃度の変化を見てみたい。CO濃度は積雪開始初期の800ppmから積雪深が最大となる3月はじめまでほぼ一貫して増え続け,最大で2300ppmになっていた(図−1a)。積雪深とCO濃度の関係を見てみると,積雪深の増加に対応してCO濃度も増加していることがわかる(図−2)。ここでその理由を考えてみたい。積雪はCOが通過していくときに抵抗となるのであるが,積雪密度は融雪期以外で0.2 kg/m3程度に一定していたことから,積雪の単位深さあたりの抵抗には変化が少ないと考えられる。したがって,地表面 CO濃度の増加をもたらした主な原因は,降雪によって積雪深が増えて積雪全体の抵抗が大きくなったためであると考えられる。また,地表面のCO濃度にしばしば急激で一時的な減少が見られた(図−1aの矢印)。こうした変動は,気温が高く日平均気温が0℃以上になったときなどに観測されていたことから,その原因の一つとして融雪水の発生が考えられる。つまり,気温の高い日には多量の融雪水が発生し,生じた融雪水にCOが溶解されてCO濃度が減少した可能性がある。しかし,林地では土壌の保水性が高いため,融雪水が短時間に林外へ流出することは少く,COを溶解した融雪水が土壌中で再び発生源となることも予想される。このように融雪水とそれに溶解したCOの動きはよくわかっておらず,融雪水が地表面のCO濃度におよぼす影響をさらに検討していく必要がある。


 図−1 地表面のCO濃度と気象および土壌のデータ

2.雪面からのCO放出量
 雪面からのCO放出量を推定すると,融雪期を除いて1.4〜2.2g/m2/d(1日あたり1平方メートルから放出されるCOのグラム数)のほぼ一定したCOが継続的に放出されていた(図−3)。地表面のCO濃度は積雪深が増すに従って急激に増加したので(図−2)雪面上とのCO濃度差は大きくなるはずである。しかし,濃度勾配としてみた場合には変化が小さいため,雪面からのCO放出量がほぼ一定していたものと考えられる。観測値を平均すると1.71g/m2/dであった。試みとして積雪期間を6ヶ月として,その間の放出量を炭素量として見積もってみるとおよそ0.84 ton/haに相当する。一般に森林で観測される炭素の正味固定量は年間に数ton/ha程度であることから,少なくとも冬季の積雪条件下におけるCO放出量は大きさとして無視できないものであるといえる。
 次に,文献からいくつかの観測例を抜き出し,積雪期のCO放出について考察を加えてみたい(表−1)。ただし,測定方法や仮定条件の与え方が異なるため,値の大きさの比較はおこなわないことにする。観測地の位置をみてみると,亜高山帯や高山帯(3,4,5), 極地に近い高緯度地域(6)など極めて気象条件が厳しい地域において,森林,土壌の発達の少ない尾根,草地など多様な植生や土壌条件のもとで雪面からのCO放出が観測されていることがわかる。こうした地域で冬季の CO放出量を測定することは容易なことではない。しかし,雪面からのCO放出量を考慮しなかった場合には年間の炭素収支が吸収される向きへ過大評価されることになる。


 図−2 積雪深と地表面のCO濃度


 図−3 雪面からのCO放出量の推移

 表−1 他の観測事例

観  測  地 位  置 標  高
m
植  生 CO2放出量
g/m2 /d
北海道(本報告) 42°58'N,141° 23'E 182 落葉広葉樹林 1.71
岐阜県(3) 36°08'N,137°26'E 1430 落葉広葉樹林 0.65-1.18
ユタ州(アメリカ)(4) 40°N,111°W 2865 草地 0.53-2.13
ワイオミング州(アメリカ)(5) 41°20'N,106°20'W 3286 尾根,低木が散在 0.53-0.75
ワイオミング州(アメリカ)(5) 41°20'N,106°20'W 3182 常緑針葉樹林 1.58-2.73
シベリア(ロシア)(6) 69°N161°E データなし 落葉針葉樹林 1.21




おわりに
 積雪域でのCO放出を地球環境の視点から眺めつつ,今後の課題を述べたい。地球温暖化は北半球高緯度地域の厳寒期に顕著に引き起こされると予想されており,その兆候は氷河や積雪域の減少としてすでに観測されている(7)。こうした状況の下,気候変動に対する高緯度地域の森林生態系の応答を明らかにすることが重要な課題となっている。そうした問題に答えを出すためには,北方林の生態系や炭素収支のより深い理解が欠かせず,今後ますます土壌条件,積雪状況,気象条件を加味した土壌−積雪−大気間のCO移動メカニズムの解明が重要になると考えられる。土壌で発生したCOが積雪中を通過して大気へ放出される過程を解明し,モデル化した上でCO発生量を精度よく推定できるようになれば,気候変動に伴う炭素収支の変化を予測する上で大きな助けになるに違いない。



引用文献
(1)Massman,W.J., Sommerfeld,R.A., Mosier,A.R., Zeller,K.F., Hehn,T.J., Rochelle,S.G.(1997) A model investigation of turbulence-driven pressure-pumping effects on the rate of diffusion of CO2, N2O, and CH4 through layered snowpacks. J. Geophys. Res.102.18851-18863.
(2)Zimov,S.A., Zimova,G.M., Davivov,S.P., Davidova,A.I., Voropaev,Y.V., Voropaeva,Z.V., Prosiannikov,S.F., Prosiannikova,O.V., Prosiannikov,S.F., Psosiannikova,O.V., Swmiletova, I.V., Semiletov,I.P. (1993) Winter biotic activity and production of CO2 in Siberian Soils: A factor in the greenhouse effect. J. Geophys. Res. 98. 5017-5023.
(3)Mariko,S., Nishimura,N., Mo,W., Matsui Y.,Kibe, T., Koizumi, H. (2000) Winter CO2 flux from soil and snow surfaces in a cooltemperate deciduous forest, Japan. Ecological Research. 15. 363-372.
(4)Solomon, D.K. and Cerling, T.E. (1987) The annual carbon dioxide cycle in a Montane soil:observations,modeling, and implications for weathering. Water Resour. Res. 23. 2257-2265.
(5)Sommerfeld,R.A., Mosier,A.R., Musselman,R.C. (1993) CO2, CH4 and N2O flux through a Wyoming snowpack and implications for global budgets. Nature. 361.140-142.
(6)Zimov, S.A., Davidov,S.P., Voropaev,Y.V., Prosiannikov,S.F., Semiletov,I.P., Chapin,M.C., Chapin,F.S. (1996) Siberian CO2 efflux in winter as a CO2 source and cause of seasonality in atmospheric CO2. 33. 111-120.
(7)IPCC (2001) Chapter9:Projections of Future Climate Change. In "Climate Change 2001: The Scientific Basis"