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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.63


   道東トドマツ造林地に発生した集団枯損

    丸山 温,尾崎研一,中井裕一郎,黒田慶子(関西支所),坂本知己(気象環境研究領域),福山研二(林野庁)


はじめに
 1999年初夏に,阿寒町のトドマツ人工林(根釧西部森林管理暑阿寒事務所(当時)管内)で針葉が大量に褐色変するという被害が報告された。被害は植栽後13年程度の若齢林から70年程度の壮齢林まで,およそ200haにもおよんだ。トドマツ若齢林では冬季乾燥害や凍害による枯損被害発生の事例はあるが,このような植栽後70年以上も経過したトドマツ壮齢林で大規模に発生した枯損被害は北海道でも例がなく,被害実態を把握するとともに,今後の対応を視野に置いて原因を究明することが急務となった。
 本研究では,この異常褐色変枯死のメカニズムを明らかにし,今後の推移を予測するとともに,被害林分の取り扱いなど具体的な対応策を策定することを目的とした。メカニズムの解明にあたっては,病虫害,気象害,生理障害などあらゆる可能性を検討するため,当時の樹病,昆虫,防災,樹木生理各研究室が共同で調査研究を行った。これまでに明らかになった点について報告する。

被害状況と病虫害
 1999年6月と2000年6月に被害状況の調査を行った。被害発生当初は病虫害が疑われたため,一部の枯損木の幹を剥皮し、内部に穿孔しているキクイムシ類を調査した。また萎凋を引き起こす病気の感染の有無を調べた。
 被害は標高30〜150mの丘状緩傾斜地全域に拡がっていた。斜面の方位別に見ると,日中から午後にかけて陽光の当たる南〜南西〜西斜面に被害が多く見られ,午前中に陽光が当たる北東〜東〜南東斜面では被害が少なかった。しかし北西〜北斜面でも被害は発生しており,陽光と被害の関係は明確ではない。激害林分では1999年7月の時点で90%以上の個体に何らかの被害が認められ,針葉の50%以上が褐色変した個体も混在し,枯死のおそれがあるものは50%近くにも達していた。2000年6月の調査で新たに発生した褐色変や枯損はほとんど見られなかったことから,枯損被害の発生は1999年に集中していたといえる。しかし,1999年7月の時点で立ち枯れてすでに樹皮の剥がれた個体や部分的に葉量が減少している個体もわずかだが見られたことから,軽度の枯損被害は1999年以前にも発生していたと考えられる。また2000年6月の調査で生存している個体にも着葉量の減少が認められたことから,被害の程度は進行しており,新たな枯死木の発生が懸念された。
 萎凋を起こす病気の感染は両年とも認められなかった。一部の枯損木にトドマツキクイムシの侵入が認められ,内樹皮に本種に特有の不規則な食痕があったことから,トドマツキクイムシが繁殖したことがわかった。しかし,トドマツキクイムシの侵入が全く認められない枯損木も見られた。トドマツキクイムシが侵入・繁殖した個体に樹脂の漏出痕がないことから,これらの木はトドマツキクイムシ以外の原因で衰弱し,その後本種が侵入したと考えられる。被害の発生が広範囲で一斉であったことも考慮に入れて,病虫害が枯損の主因ではないと判断した。

気象要因
 被害林地の北約10km(仁々志別の北西約10km)に位置する中徹別アメダスデータから1989〜2000年の冬季の気温と積雪状況を抽出し,土壌凍結の深さを推定した。林分の被害別(激害、中害、微害)に各1カ所ずつ地温センサーを設置し,1999年12月〜2000年3月の地温の変化を記録した。さらに2000年2月に現地で積雪深と土壌凍結深を測定した。
 土壌凍結は一般に気温が低く積雪深が浅いほど進行する。被害発生直前の1998-99年の冬は積雪が少なく,気温と積雪状況から推定される土壌凍結の開始時期は過去11年間で最も早く,土壌凍結深も最も深かった(図−1)。また1999年2月には異常に暖かい日があり,樹冠の温度が上昇して蒸散が起こったことが推定される。1999-2000年の地温から見た土壌凍結深は激害林分が10〜30cm,中害林分と微害林分では0cmであったが,2000年2月の実測凍結深は激害林分5cm,中害林分0cm,微害林分10cmで,被害の程度と凍結深の間に明確な関係は見られなかった。現地の積雪深(66±15cm)は中徹別(72cm)と概ねよい対応を示したこと,気温も現地と中徹別が10km程度しか離れておらず両者で差がないと思われることから,中徹別の気象資料から推定される土壌凍結深は検討材料として有効と考えられる。

写真−1 激害林分の状況(1999年12月)

図−1 中徹別の推定土壌凍結結深(上)と積雪深(下)

生理的要因
 1999年7月に樹冠上部が枯損した個体(胸高直径14cm)を伐倒し,樹幹内の水分状態を調べた。主幹部辺材では水分が著しく減少しており,形成層と内樹皮の壊死が認められたことから,何らかの要因で水分供給が停止して木部の乾燥が進んだと推定された。1999年9月に,17年生造林地の健全木と部分枯損木から4本ずつ枝を選び,葉の蒸散速度と水ポテンシャル(水分状態の目安)を測定し,水分通導機能を調べた。葉の水ポテンシャルは部分枯損木が健全木と比べて低く,水分状態が悪化していた。また同じ蒸散速度に対する水ポテンシャルも部分枯損木が低く(図−2),通導機能の低下が認められた。1999年12月2日に部分枯損の見られる65年生壮齢木の樹幹に穴を開けて色素液(1%酸性フクシン溶液)を注入し,翌日伐倒して辺材部の染色状況から水分通導を調べた。その結果,通導機能が著しく低下して乾燥した部位と,正常の通導機能を維持している部位のあることがわかった。同じ個体から大半の葉が生きている枝を選び,切り口から色素液を吸収させて水分通導を調べたところ,やはり木部に通導機能が著しく低下している部位があり,形成層の一部に壊死が認められた(写真−2)。このような枝を顕微鏡でさらに詳しく観察した結果,当年を含む数年輪に傷害組織が認められ,枯死に至らない程度の被害が過去に発生していたことがわかった(写真−3)。
 以上の結果から,部分枯損木では枝と主幹部で通導阻害および通導停止の部位が広範囲に拡がっており,水分通導機能が大幅に低下していることが認められた。通導阻害の程度によって,枯死する場合と枝枯れの段階で生き残る場合があると考えられた。

図−2 蒸散速度(Tr)と水ポテンシャル(Ψw)の関係(1〜4:健全木,5〜8:部分枯損)
同じ蒸散速度(Tr)に対して水ポテンシャル(Ψw)が低い(絶対値が大きい)ほど通導抵抗が大きい

写真−2 部分枯損個体の枝に見られる通導阻害
 F:酸性フクシンにより染色された通導部位
 B:通導阻害部位,N:形成層の壊死

写真−3
 部分枯損個体の枝に見られる傷害組織(矢印)

枯損のメカニズム
 阿寒事務所担当官の話によると,5月末までは枯損被害は全く認められず,6月以降に樹冠の褐色変が発生したという。冬季乾燥害や凍害の場合は冬季の被害発生時点で枯損するため,春季には葉が褐色変する。今回発生した被害では,葉の褐色変が6月以降であったことから,冬季乾燥害や凍害が枯損の直接の引き金になったとは考えにくい。しかし,枯損木では辺材部が著しく乾燥しており,部分枯損木でも水分通導機能の低下が認められたことから,樹冠部の強度の脱水・乾燥によるしおれが枯損の主な原因と考えられる。
 蒸散による水の消費に対して土壌からの吸水が遅れると,樹冠部の水分状態が悪化し,木部の通導組織(仮道管)が部分的に空洞化(キャビテーション)を引き起こし,通導機能が低下する。この現象は,蒸散の盛んな成長期には健全な樹木でも日常的に起こっている。通常は水分が供給されるとキャビテーションは修復され,通導機能も回復する。しかし,乾燥が長期間継続するとキャビテーションの修復は不可能になり,その後に水分を供給しても通導機能は回復しない。
 冬季は低温のために気孔が閉鎖し,蒸散はほとんどゼロである。しかし,晴天で気温の高い日には樹冠部の温度が上昇して一時的に気孔が開き,蒸散が起こる。このとき,土壌凍結などで根系からの吸水ができないと乾燥害が発生する。これが冬季乾燥害のメカニズムで,根系の浅い若齢木でしばしば発生する。壮齢木の場合,根系が深くまで発達しており吸水が可能なこと,幹や枝に多くの水分が貯えられていること,などから,通常は冬季乾燥害を免れる。
 1998-99年の冬は土壌凍結深が深く(図−1),壮齢木でも根圏土壌の大部分が凍結していた可能性がある。1999年2月中旬に最高気温が7℃前後(平年は−2℃程度)と異常に高い日が3日連続であり,樹冠部の温度が上昇して蒸散が起こったと推測される。しかし,土壌凍結深が深いため根系からの吸水が行えず,幹や枝に貯えられた水分を使い果たしてキャビテーションを引き起こし,水分通導機能が著しく低下した可能性がある。気温が低い春先は蒸散も少なく葉はしおれていないが,気温が上昇し蒸散が活発になる初夏になって,通導機能の低下から樹冠に十分な水分が供給できず,乾燥が進んで葉がしおれて枯れたことが今回の枯損の原因と考えられる。

まとめ
 今回の枯損被害は,70年生以上の壮齢林であったことと大面積に発生したことから大きな問題となった。しかし,現地調査の結果,部分枝枯れや単木的な枯死などの軽度の被害は1999年以前にも発生していたことがわかった。1997年には,日勝峠帯広側や足寄町喜登牛でも小規模ながらトドマツ壮齢林に枯損被害が発生している。2000年には,やはり軽度ではあるが標茶町でも同様の枯損被害が発生している。今回の大規模枯損被害は数十年に一度の異常気象が原因の可能性はあるが,道東地域一帯は潜在的にトドマツの乾燥害が起こりやすい地域として認識する必要がある。
 被害林分では葉量の減少が進行しており,着葉量が大幅に減少した個体では樹勢の回復が望めないこと,放置すれば虫害の発生を招くおそれがあること,枯死して樹皮が剥がれると材価が著しく低下することなどから,樹冠の半分程度以上に枯損被害が見られる個体については伐採されることになり,1999-2000年の冬季に伐採が実行された。被害の今後の推移と伐採が残された個体に与える影響を調べるため,激害林分の一部を伐採せずにそのまま残し,周囲の伐採林分と併せて継続して林況の調査を行う予定である。

引用文献
 丸山 温・飛田博順・北尾光俊・坂本知巳・黒田慶子:道東トドマツ造林地に発生した集団枯損−部分枯れ個体の葉の形態的特徴と水分通導機能−.日林大会学術講演集,111,146,2000
 黒田慶子・福山研二・坂本知巳・丸山 温:道東トドマツ造林地に発生した集団枯損−被害発生状況と水分通導阻害の検出−.日林大会学術講演集,111,290,2000
 黒田慶子:道東トドマツ壮齢人工林に発生した集団枯損−水分通導阻害がなぜ起こったのか−,森林保護 276:12-14,2000
 黒田慶子:道東トドマツ造林地に発生した集団枯損−解剖学的手法による被害履歴の検出と発生原因の検討−.日林大会学術講演集,112,282,2001