戻る




   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.62


   SSRマーカーを用いたカラマツの連鎖地図作成と主要形態形質のQTLマッピング

   河原孝行,永光輝義,松崎智徳,織部雄一郎(林木育種センター北海道育種場)



はじめに
 林木の有用形質,たとえば樹高,直径,材の強度,病虫害への抵抗性などは,その値が連続的に変化する。このような形質を量的形質という。量的形質にはたくさんの遺伝子が関与していると考えられている。一方,メンデルの実験で有名なマメの色やしわなどは質的形質と呼ばれ,ひとつの遺伝子で決定される。ところが,量的形質には多数の遺伝子が関わっているため,個々の遺伝子を調べることは今まで難しかった。そのため,これら多数の遺伝子をまとめた遺伝的要因が環境の要因と比べてどれくらい重要かを示す遺伝率などの指標を用いて量的形質が調べられてきた。
 ところが,近年の分子生物学の発展によって状況は一変した。DNAの特定領域だけを増やし,その塩基配列を読むことが簡単にできるようになった。そのため,生物のゲノム(DNAの全体)のいろんな位置に,塩基配列の違いを識別する遺伝マーカーを大量に作ることができるようになった。これらの遺伝マーカーの位置関係が分かれば,生物のゲノムの地図ができあがる。遺伝マーカーの位置関係は連鎖の強さで表されるので,この地図を連鎖地図という。この地図上に,量的形質に関与する遺伝子座(Quantitative Trait Loci:QTL)を書き込むことができる。このように量的形質の遺伝子座を地図上に書き込むことをQTLマッピングという。
 量的形質の遺伝子座の情報は何の役に立つのだろうか。まず,どのような遺伝子群の働きによって量的形質が左右されるかが分かる。もしかしたら,それらの遺伝子群のなかに大きな効果を持つ遺伝子があるかもしれない。さらに,育種への応用も期待できる。そのような効果の大きい遺伝子の位置にごく近い遺伝マーカーをもちいて,有用形質をもつ個体を選抜することができる。個体が形質をあらわすまでに年月がかかる林木では,実生のうちに遺伝マーカーに基づいて選抜すれば育種期間が大幅に短縮できる。
 林木の有用形質はさまざまである。ある形質をとっても地域による変異がある。どの形質が重要かも地域の特性や育種家の考えによって異なる。このような多様なニーズにこたえるために多数の遺伝マーカーが要求される。しかも,それぞれの遺伝マーカーはさまざまな育種材料を識別できなければならない。さらに,これらの遺伝マーカーの位置が連鎖地図に載ってることが望ましい。このような条件を満たす遺伝マーカーとして,増幅断片長多型(AFLP)や単純配列反復(SSR)などが利用されている。これらの遺伝マーカーを大量に供給するには大掛かりなゲノムプロジェクトが必要である。すでに,マツ,トウヒ,スギ,ユーカリ,ポプラなどで遺伝マーカーの連鎖地図が作られている。
 カラマツでは,Arcade ら(1)がニホンカラマツとヨーロッパカラマツの交配家系でAFLPマーカーなどによる連鎖地図を作った。また,Khasa ら(2)が北米産カラマツのSSRマーカーを開発した。AFLPは簡単に多数のマーカーを作ることができ,SSRは育種材料を識別する能力が高いという長所がある。著者らは,ニホンカラマツとグイマツの交配家系でAFLPとSSRのマーカーを組み合わせた連鎖地図を作ることにした。また,ニホンカラマツとグイマツのそれぞれに優れた量的形質として,前者の成長量と後者の対鼠性を調べた。

材料と方法
 連鎖地図を作るには交配家系が必要となる。なぜなら,交配によっておこる組み換えによって遺伝マーカー間の連鎖の強さを推定するからである。違う染色体にある2つの遺伝マーカーでは約50%の確率で組み換えがおこるが,同じ染色体にある接近した2つの遺伝マーカーではほとんど組み換えがおこらない。交配によってできた子の遺伝マーカーを調べて,父母それぞれから由来した遺伝マーカーに組み換えがおこったか否かを判定する。したがって,2世代の交配家系で十分だが,連鎖の強さを推定するためには100個体程度の子が必要である。その結果,母に由来する遺伝マーカーの連鎖と父に由来する遺伝マーカーの連鎖とが別々に解析されるので,母と父のそれぞれの連鎖地図が作成される。
 これらの条件を満たす材料として,グイマツ(留萌1号)を祖母,ニホンカラマツ(諏訪14号)を祖父とする3世代家系(家系番号135)を用いた(図1)。雑種の父母(135Mと135F)それぞれの連鎖地図を88個体の子の解析によって作成した。また,これら88個体について,3年生稚樹の段階での苗高(cm)と,5年生稚樹の段階での2年生枝の断面における樹脂嚢の密度(個・cm−2)を測定した。苗高は初期伸長成長を,樹脂嚢の密度は稚樹の対鼠性を反映すると考えられる。

図1 材料とした3世代家系

結果
 321座のAFLPマーカーが得られ,そのうち125座が第135家系の父母と子の遺伝子型を適切に識別することができた。これら125座のAFLPマーカーのうち,第135家系の母について37座を,父について34座をそれぞれの連鎖地図に載せることができた(図2)。母の連鎖地図は,11連鎖群からなり,その長さは728センチモルガン(cM)あった。父の連鎖地図は,9連鎖群からなり,その長さは687センチモルガンあった。
 Khasa ら(2)が開発した14座のSSRマーカーのうち2つを用いて第135家系の父母と子の遺伝子型を適切に識別することができた。これらのうち1つを連鎖地図に載せることができた(図2)。このSSRマーカーは母由来としても父由来としても扱うことができたので,父母の連鎖地図の両方に載っている。このことから,母の第5連鎖群と父の第8連座群は相同染色体にあるといえる。
 3年生稚樹の段階での苗高と,5年生稚樹の段階での2年生枝の断面における樹脂嚢の密度は大きくばらつき,両者の間に有意な相関は見られなかった(図3)。QTLマッピングは,遺伝マーカーの数と子の個体数が少ないため行うことができなかった。


図2 135Fの連鎖地図(上)と135Mの連鎖地図(下),AFLP(下線なし)とSSR(下線つき)マーカー(右)と地図距離(cM,左)を示す


図3 苗高と樹脂嚢の密度の相関と頻度分布

考察
 カラマツの染色体数は2n=24なので連鎖地図の連鎖群の数は12になるはずである。また,カラマツは100万塩基対をこえる大きなゲノムを持つので,連鎖地図の長さは2000センチモルガンをこえると予想される。よって,作成した連鎖地図はカラマツゲノムの半分以下しかカバーしていないと考えられる。遺伝マーカーも他の論文と比べて少ない。これらの原因の多くはマーカー開発の技術的問題にある。その解決には,カラマツのゲノム研究が先行している海外のグループとの共同研究が有効だろう。
 しかし,技術的問題を解決しても,遺伝マーカーと家系材料について問題が残っている。ここでは,遺伝マーカーとしてAFLPとSSRを用いたが,これらの解析には高価な機械が必要である。育種への幅広い応用を目指すなら,各地の育種場で使用できるような簡便な遺伝マーカーへの移行を視野に入れなければならない。また,ここで材料とした家系は,子の個体数が不十分で,連鎖地図の作成対象が雑種個体になっている。そのため,連鎖地図作成とQTLマッピングに最適とはいえない。樹木の交配家系の作成には長い年月がかかるので,すぐに最適な交配家系を得ることはできない。したがって,過去に作成された適切な交配家系を維持することが必要である。

引用文献
(1)Arcade A, Anselin F, FaivreRampant P, Lesage MC, Paques LE , Prat D (2000)Application of AFLP, RAPD and ISSR markers to genetic mapping of European and Japanese larch. Theoretical and Applied Genetics, 100, 299-307.
(2)Khasa PD, Newton CH, Rahman MH, Jaquish B, Dancik BP(2000) Isolation, characterization, and inheritance of microsatellite loci in alpine and western larch. Genome, 43, 439-448.