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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.61


   ヤナギ類水紋病の研究 −北海道における発生と発病機構の解明−

   坂本泰明



はじめに

 現在北海道においては,天然林施業が進められており,それにともない広葉樹病害に関する知識の重要性が増している。
 1993年8月大雪湖周辺域(天然林)において,樹冠の葉が赤褐色化・下垂し枝枯れや萎凋症状を起こしているヤナギ類(Salix spp.)の病害発生を確認,1997年7月には日勝峠においても本病の発生を確認した。その後の病理学的な調査・研究により,本病はイギリス・オランダ・ベルギ−でのみ報告されていた細菌性萎凋(しおれ)病害の1種である「ヤナギ類水紋病(watermark disease of willows)」であることが明らかとなった。 



病徴と発生地

 被害樹種はオノエヤナギ・キヌヤナギ・バッコヤナギの3種のSalix属である。本病は葉枯・枝枯(写真1)および萎凋枯死症状(写真2)を呈するもので,症状が樹冠の一部にとどまっているものや,全身に及びついには小集団的に枯死している被害木も観察された。
 罹病初期の枝幹横断面を観察したところ,辺材部に赤褐色〜黒褐色を呈するリング状の着色部が確認された(写真3)。やがて病状が進むと着色部は横断面全体に拡がって(写真4),空気に触れると表面がすぐに暗黒色化する。また着色部は水浸状を呈しており,罹病材を立てておくと小口面から黒色の液体が流れ出てくる。この着色水浸部が本病の名前の由来ともなっている「watermark(水紋),以下WM」である。
 現在のところ,本病害は大雪湖周辺域,すなわち層雲峡から石北峠に向かう国道39号線沿いと,三国峠に向かう国道273号線沿い,三国峠から糠平へと向かう地域,日勝峠から日高へ下った地域(6合目以上の地域)での発生が確認されている。町名をあげると,上川町・上士幌町・留辺蘂町・置戸町・日高町となり,すべて標高が400m以上の冷涼な山岳地帯である。そこで1997年8月,朝里峠・中山峠・オロフレ峠・美笛峠,そしてニセコ山系にかけて本病の分布調査を行ったが,これらの地域には本病の発生は確認できなかった。したがって,現在のところ本病の分布域は限られていると考えられるが,具体的な分布限定要因は特定できない。しかし,本病の発生は冷夏の年(1993年や1998年)には目立ち,猛暑の年(1994年や1999年)には極端に少なかったこと,既述の分布が山岳帯に限られていることとあわせ,気温が分布を制限する一因となっていることは推察される。


写真1  罹病したバッコヤナギ
      樹冠の一部に葉枯・萎凋症状が見られる


写真2  枯死したオノエヤナギ


写真3  罹病バッコヤナギの横断面(矢印:WM)


写真4  罹病キヌヤナギの横断面。WMが全面に拡がっている



病原細菌

 WMからは生育の遅い白色の細菌コロニ−がほぼ均一に分離された。苗木に対する接種試験により,葉枯・枝枯・萎凋枯死症状およびWMの形成が再現され,本細菌の病原性が確認された(写真5,6)。
 植物病原細菌は栄養生理学的な性状に基づいて同定される。本細菌の諸性質は,イギリスやオランダで報告されているヤナギ類の watermark disease の病原細菌として報告されている Erwinia salicis(Day 1924)Chester 1939のものとよく一致していたため,同菌と同定された。


写真5  接種試験によって再現された病徴


写真6  写真5の接種枝の横断面(矢印:WM)



萎凋枯死機構

 本病における萎凋枯死機構等を探るため,罹病オノエヤナギを対象に通水機能試験および解剖学的観察を行った。立木染色試験1)を行ったところ,WMは通水機能を失った組織であることが確認された(写真7,8,9)。WMの茶褐色の変色(写真3,4)から,その組織内ではフェノ−ル類が生産・蓄積されていると考えられる。またWM内の道管は,すべて細菌塊によってふさがれているわけではなく(つまり,細菌塊による道管の閉塞で通水阻害が生じたわけではない)(写真10),柔細胞の原形質分離や壊死が起きていることが確認された(写真11)。以上のことから,WMは「discolored wood 」2)の1種であり,その辺材部における形成・拡大が,萎凋枯死症状の原因であると考えられた。またその他の解剖学的試験により,WMはその周りの辺材部よりも多湿な状態にある,いわゆる「wetwood」3)の1種であることも確認された。


写真7  立木染色試験を行った罹病木の横断面。
      WM(矢印)が赤く染まっていないことに注目


写真8  写真7の一部を拡大したもの。茶褐色の部分がWM


写真9  立木染色試験を行った罹病木の横断面。
      WMが全面に拡がっているため、通水部分(赤染部)が狭くなっていることに注目


写真10  WMの解剖写真(横断面)。
       すべての道管が細菌塊で閉塞していないことに注目


写真11  WMの解剖写真(放射断面)
       (大矢印:原形質分離を起こした柔細胞,小矢印:壊死した柔細胞)



おわりに

 北海道の天然林にはヨ−ロッパ産のヤナギ類は導入・植栽されていないことから,本病は侵入病害ではなく我が国にも自然分布していたものと考えられる。また北海道の天然林は,その構成樹種が欧米のものと類似しているため,水紋病のように従来は欧米にしかないと思われていた病害が今後も発見される可能性が高く,注意が必要であろう。
 WMは通水機能を失った材組織(discolored wood)であると同時に,多湿な材組織(wetwood)でもある。現在,さらに詳細な通水阻害機構やWMの多湿化要因の解明に取り組んでいるが,本病の研究によってもたらされる成果は,他の樹種における萎凋病害の発病機構や,wetwoodの形成機構の解明に対しても,大変有効な知見であると考えている。
 なお本報告の詳細に関しては引用文献(1,2)を参照されたい。



引用文献

(1)Sakamoto, Y., Takikawa, Y. and Sasaki, K. (1999) Occurrence of watermark disease of willows in Japan. Plant Pathology 48: 613-619.
(2)Sakamoto, Y. and Sano, Y. (2000) Inhibition of water conductivity caused by watermark disease in Salix sachalinensis. IAWA Journal 21: 49-60.



注釈

1)立木に穴を開け,そこから染料を含んだ水を吸水させる試験。通水のあった部分は染料で染まるため,通水部分を視覚化できる。本研究においては,赤い染料(サフラニン)を使用。
2)木材解剖用語のひとつ。適当な訳語がないのでそのまま英語で表記した。機械的な傷,あるいは微生物感染に対する抵抗反応の結果形成される材組織をさす。その形成にともない,フェノ−ルなどの2次代謝物の生産・蓄積,柔細胞の原形質分離や壊死が引き起こされ,通水機能も失うもので,単に ”変色した材”という意味ではない。
3)「水喰い材」という訳語は,一般に「多湿な心材」のみを意味している。本来「wetwood」とは,心材・辺材に限らず周りの材組織よりも異常に多湿な状態にある材組織を意味する用語であるため,本報告においてはそのまま英語で表記した。