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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.56


   有珠山2000年噴火噴出物の化学性について(速報)

                          田中永晴,寺嶋智巳,白井知樹,鈴木 覚,中井裕一郎


はじめに

 現在、北海道支所では、およそ22年ぶりに噴火した有珠山の噴出物について、理・化学性の分析を進めている。今回その分析結果が一部出たので、植生破壊地の植生回復のための基礎資料や、土壌生成初期過程の初期値の情報など今後の参考資料としてここに報告する。安全確保のため試料採取時間が短時間に限られたことにより、採取試料数は3地点のみであり十分とはいえないが、1977、78年の噴火物や1988年に噴出した十勝岳の噴出物と比較しながら、その特徴について考察する。



分析項目および方法

 分析試料は金比羅山付近(降下堆積物)、小有珠川流路工橋上(泥流堆積物)、小有珠川流路工左岸路上(泥流堆積物)の三地点で採取されたものである。分析試料の採取日と場所および採取方法の詳細については支所研究レポートNo.54(9)を参照されたい。
 採取した噴出物を風乾した後、2mmメッシュの篩で調節した細土について分析を行った。常法(6)によりpH(H2O)、pH(KCl)、交換酸度を測定した。全炭素・窒素については住友化学のNCアナライザーで測定した。塩基交換容量および交換性塩基については、Peech法(1)に準拠した方法で浸出した濾液について、塩基交換容量は蒸留法で、交換性塩基については原子吸光法によりそれぞれ測定した。


結果

1.pH(H2O)、pH(KCl)および交換酸度
 三地点ともpH(H2O)は8前後、pH(KCl)は7弱と一般の褐色森林土に比較して高い傾向を示した(表-1)。また、交換酸度は0.4未満の大変小さい値となった。pHが高いことは、新鮮な噴出物であるため、後述するように交換性塩基量が多く塩基飽和度が高いことと一致する。また、交換酸度が非常に低いことは、交換性のアルミがほとんど未生成であることを現し、酸性化がまだ起こっていないことを示している。1977、78年の噴火物でもpH(H2O)は7前後であり(4)、有珠山の噴出物は中性からややアルカリ性を示すようである。これに対して十勝岳の噴出物は酸性を示すことが知られている(7,10)。しかしながら、十勝岳の噴出物も交換性塩基量が多く、塩基飽和度も高い(7)。したがって、噴出物の初期のpHの違いは交換性陽イオンの状態だけでは決まらないと考えられる(第3節参照)。1962年に噴火した十勝岳の噴出物の場合、硫化物が多いほどpHが低くなる傾向がみられた(10)。また、有珠山の77、78年の噴火物でも水溶性の硫酸イオンや塩素イオンが陽イオンに比較して低く、硫黄酸化物の量が少ないことが報告されている(3)。したがって、今回の噴出物に関しても、硫黄酸化物、硫酸イオンはそれほど多くは存在しないと予想される。


2.全炭素・窒素
 全炭素含有率は0.27〜0.29%、全窒素含有率はいずれも0.01%未満であった(表-2)。一般に日本の森林土壌のB層では炭素含有率が1〜6%程度、窒素含有率は0.1〜0.5%程度であり(2)、母材の性質を十分に残しているC層ではこれよりさらに小さい値となる場合が多い。今回の結果は、全炭素・全窒素とも値が小さく、有機物がほとんど存在しない事を表している。
 1977、78年の噴火物では全炭素含有率が0.06〜0.34%と報告されていることから(4,8)、今回の噴出物と前回とでは大きな違いはなかった。また、1988年に噴出した十勝岳の噴出物の場合、全炭素含有率が0.4〜0.6%、全窒素含有率は0.01%未満であり(7)、全炭素含有率が有珠山よりもわずかに高いものの総じて大きな違いはなかった。したがつて、土壌母材である火山噴出物を土壌生成過程の初期段階として見た場合、その全炭素含有率および全窒素含有率の初期値はそれぞれ0.1〜0.5%および0.01%未満を標準的な値とする事ができると思われる。


3.塩基交換容量および交換性塩基
 塩基交換容量(以下、CECと記述する)は養分となるカリウムやカルシウム等の陽イオンを吸着保持する能力を表す。今回の噴出物では約38〜49 c mol(+) kg-1と、かなり高い値を示した(表-3)。77、78年の噴火物では2.2〜8.8 c mol(+) kg-1であったことから(4,8)、今回の噴出物は前回よりも5〜20倍近くも大きく異なっている。十勝岳の1988年噴出物の場合でも、3.1〜4.4 c mol(+) kg-1であり、今回の値と比較して大変小さい。
 陽イオンは腐植と呼ばれる土壌有機物と粘土鉱物(シルトも一部ふくむ)に吸着される。このため、土壌のCECの大きさは腐植と粘土鉱物の量および質によって決まってくる。今回の噴出物は、前述したとおり炭素含有率が大変低く、腐植はほとんど含まれていない。したがって、CECはほぼ粘土鉱物によるものと考えられる。しかしながら、たとえ噴出物がすべて粘土鉱物であったとしても、カオリナイトやハロイサイトのような1:1型の粘土鉱物では今回のような高いCECにはならない。バーミキュライトやモンモリロナイトのような2:1型か、またはアロフェンのような火山灰特有の非晶質粘土鉱物ならば、噴出物中に含まれる粘土の割合がある程度高い条件で、この様な高いCECの値になると考えられる。今回は粘土鉱物・粒径組成は未分析であるが、77、78年の噴火物ではモンモリロナイトが主要な粘土鉱物であったことから(3)、今回の噴出物にもモンモリロナイトが多く含まれている可能性がある。また、77、78年の噴火物では粘土の割合が1〜8%(4)と少なかったため、CECも小さかったものと思われる。したがって、CECの結果から単純に見積もると今回の噴出物は粘土の割合が40%前後と大きくなることが予想される。
 交換性塩基量はカルシウム(Ca)>マグネシウム(Mg)>ナトリウム(Na)>カリウム(K)の順であった。しかしながら、その内容は、Caが36.7〜44.5 c mol(+) kg-1と極端に大きく、残りの三つの塩基では、Mg 1.7〜2.0、Na 1.2〜1.6、K 0.7〜0.8 c mol(+) kg-1と、Mg、NaとKとでは二倍ほど差があるもののCaとの差ほど大きくはなかった(表-3)。
 77、78年の噴火物ではCa>Na>Mg>K(4,8)と報告されておりNaとMgが逆転しているが、実際の値としてNaとMgの間にはそれほど差はないので、大きな違いとはいえない。また77、78年の噴火物の各塩基量は、Ca 1.25〜34.5、Mg 0.12〜0.87、Na 0.23〜0.90、K 0.06〜1.0 c mol(+) kg-1 (8)、あるいはCa 0.86〜6.22、Mg 0.17〜0.55、Na 0.22〜1.62、K 0.06〜0.46 c mol(+) kg-1 (4)と報告されている。これらの値を今回の値と比較するとKとNaはほぼ同じような範囲にはいるが、CaとMgでは今回の値の方が高くなっている。このため交換性塩基量合計値も高い結果となった。これは元々噴出物中に多くの塩基が存在していたことと同時に、CECが非常に高いことにより、交換性塩基をより多く保持できる条件があるためと考えられる。
 pHの値が酸性である十勝岳の1988年噴出物の場合はCa 12.5〜34.5、Mg 0.22〜0.55、Na 0.05〜0.18、K 0.01〜0.04 c mol(+) kg-1 (7)であり、各値とも若干低いもののpHから予想されるほどの大きな違いは見られない。したがって、pHの違いを交換性塩基の状態の違いだけに求めることはできないと考えられる。
 以上の結果から、塩基飽和度を計算すると97〜105%と、交換性塩基によりほぼ飽和状態であり、Ca+Mgで90%以上を占めている。77、78年の噴火物では塩基飽和度が48〜171%と報告されており(4),また十勝岳の1988年噴出物の場合も交換性塩基量に比べCECが大変小さく(7)、塩基飽和度は100%を越えている。したがって、火山噴出物の堆積初期には塩基飽和度はpHの状態に関係なく飽和状態にあると予想される。




まとめ

 以上の分析結果から、今回の噴出物の化学性の特徴は次のようにまとめられる。すなわち、炭素・窒素が非常に少なく、有機物はほとんどない。CECおよび交換性塩基量が高く、塩基飽和度が100%前後となる。pHは中性からアルカリ性を示し、交換性アルミ量が少ない。これらの特徴は、CECを除き77、78年の噴火物と同じ傾向である。また、これらのことから、硫黄酸化物や硫酸イオンが少なく、モンモリロナイトのような2:1型の粘土鉱物が多く存在することが予想される。
 77、78年の噴火物の林木への影響について調査した結果では、土壌の化学性の面からは著しい影響は無かったと報告されている(5)。したがって、今回の噴出物の化学性が77、78年の噴火物と同様の傾向にあることから、化学性の面から植生に与える影響は大きくないと考えられる。むしろ、モンモリロナイトのような2:1型の粘土鉱物の割合が高いことが推測されることから、乾燥と湿潤の繰り返しによる容積重やいわゆる土壌構造の変化により、今後孔隙組成や透水性などの物理性が変化・悪化する事が懸念される。



引用文献

(1) 土壌養分測定法委員会編 (1970) 土壌養分分析法 養賢堂 東京
(2) 河田弘 (1989) 森林土壌学概論 博友社 東京
(3) 近堂祐弘・近藤錬三・勝井義雄 (1978) 1977年8月噴出の有珠火山灰の粘土鉱物 土壌肥料学雑誌 49(2) 167-169
(4) 西本哲昭・山本肇・塩崎正雄 (1977) 1977年有珠山噴火にともなう噴出物の林地への堆積状態 日本林学会北海道支部講演集 第26号 14-19
(5) 西本哲昭・塩崎正雄・山本肇・石塚和裕 (1982) 1977〜1978年有珠山噴火による噴出物ならびに埋没森林土壌の3年間の変化
(6) 林野庁林業試験場 (1955) 国有林林野土壌調査方法書 林野共済会 東京
(7) 真田勝・真田悦子・太田誠一 (1990) 十勝岳の泥流とその土壌化について 101回日林論 269-170
(8) 佐藤創・寺澤和彦・長坂晶子・菊地健 (2000) 1977年有珠山噴火による荒廃が森林に及ぼした影響(T) -噴出物および埋没土壌の化学性の経時変化- 北海道林業試験場研究報告 第37号 1-9
(9) 寺嶋智巳・白井知樹・鈴木覚・田中永晴・中井裕一郎 (2000) 有珠山2000年噴火噴出物の透水性について(速報). 森林総合研究所北海道支所研究レポート 54
(10) 内田丈夫・増田久夫・塩崎正雄 (1963) 十勝岳爆発による降灰について 北方林業 14(4) 122-126