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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.55


   開放地と林床のクマイザサ群落の蒸散量

                          北村兼三,中井裕一郎,坂本知己(現本所森林環境部),寺嶋智巳,白井知樹


はじめに
 植生に覆われた地表面に降った雨は,流出,蒸発,蒸散といった過程を経て海や大気中へ運ばれる。蒸発・蒸散は,土壌一植物一大気の系内の水収支および熱収支の主要な項目であり,水資源涵養や周辺微気象に影響を及ぼす水文過程である。このような観点からこれまで様々な植生について蒸発散量が測定されてきている。
 北海道にはササが広く分布し,国有林野面積約3.1万km2(参考;北海道本島の面積は約7.8万km2)のうち林床をササ類が占める割合は約95%になる(1)。このように広範囲に分布するササは森林流域の水収支・熱収支に影響を及ぼす重要な植生要素であり,ササ群落の蒸散量の評価は重要な課題である。
 ここでは開放地と林床のササ群落の蒸散量,蒸散特性およびそれらの季節変化について報告する。



観測地と方法
 観測地は森林総合研究所北海道支所・羊ヶ丘実験林内の2カ所のササ群落である。一方は上層木が無い面積約1haのクマイザサが占める「開放地ササ群落」(写真1上)で,他方は樹冠高約20mの落葉広葉樹林(シラカンバ・ヤマナラシ等)内のクマイザサが占める「林床ササ群落」(写真1下)である。ササ群落の高さは共に120〜160cm程度である。観測期間は1998年4月下旬〜11月上旬で,それぞれの観測地でササ個体の蒸散流量,群落上の微気象および葉面積指数を測定した。群落全体の蒸散量は,蒸散流量から算出した単位葉面積当たりの蒸散量に群落の葉面積指数を乗じて算出した。蒸散流量は茎熱収支法(写真2)で測定した。この方法によって得られる茎内蒸散流量は,測定部位上方に着生する葉群からの蒸散量に等しい。群落上では,日射量,純放射量,気温,湿度,風速などの気象諸量を測定した。ササ群落の葉面積指数は両ササ群落共に観測期間に5回測定した。
 さらに,ササ群落と森林の蒸散量を比較するために,北方系針広混交林(定山渓流域試験地)の蒸発散量を1998年の雨量と流出水量のデータを用いて流域水収支法で見積もった。定山渓流域試験地は北海道支所の西方約20kmに位置しており,流域面積は約2ha,林相はトドマツ・ミズナラ等の針広混交天然林,本数密度は約600本/ha,上層木の樹高は20〜24m,蓄積は181m3/haである。


写真1 クマイザサ群落;開放地(上),林床(下)


写真2 茎内蒸散流量計(茎熱収支法)



ササ群落の蒸散量
 開放地と林床では気象条件が大きく異なり,それぞれの場での水の蒸発の難易度も異なってくる。特に被陰された林床では開放地に比べ日射量は小さく,群落が受ける放射エネルギーは大きく異なる。両ササ地の日射量の季節変化を図1aに示す。開放地ササ地は日照時間の長い夏至にかけて増加し,その後は減少するが,林床ササ地では上層木着葉前の5月上旬に最も大きく,樹冠閉鎖期は小さい値で経過する。林床における日射の樹冠透過率は非着葉期に約5割で,着葉期の最も低いときで1割強であった。このように開放地と林床では日射量の量的・時間的配分が大きく異なる。またササ群落の葉面積指数(LAI)も開放地と林床では季節変化が異なり(図1b),開放地では6〜8月にかけて1〜3に上昇し,9〜11月にかけて3〜2へと減少したが,林床では2でほぼ一定の値であった。
 群落蒸散量(図1c)は,林床ササ群落では樹冠閉鎖が進み透過する日射量が減少するにつれて減少し,6月以降は0.5od-1以下で推移した。一方,開放地ササ群落の蒸散量は4月上旬から7月下旬にかけて当年葉の展開,つまりLAIの増加とともに増加し,7月下旬に群落蒸散量が最大となり,9〜11月にかけて減少した。観測期間内の6〜10月に限った平均日蒸散量は,林床ササ群落で0.2od-1,開放地ササ群落で1.5od-1であった。北海道の湿原に生育するチマキザサ群落の蒸発散量は6〜10月の平均で約2.4od-1であると報告されているが(2),開放地ササ群落はこれに比べ小さい値となった。この差は,湿原の観測では地面や水面からの蒸発が含まれることや,土壌の水分状態の違いに起因すると考えられる。
 次に森林の蒸散量について示す。流域水収支法で求めた1998年6〜10月の針広混交林(定山渓流域試験地)の蒸発散量は期間平均で約3.0od-1であった。植生からの蒸散量を求めるには,遮断蒸発量,地面蒸発量を差し引く必要がある。定山渓試験地におけるこれまでの観測結果では,地面蒸発量は無積雪期の平均で0.5od-1(3),遮断蒸発量は降水量の約13%という結果(4)が得られている。98年にも降水量の約13%が遮断蒸発したとすると,遮断蒸発量は日換算で約0.5od-1となる。したがって,蒸散量(=蒸発散量一地面蒸発量一遮断蒸発量)は約2.0od-1と見積もられる。
 以上を整理すると,ササ群落および針広混交林の6〜10月の平均日蒸散量は,
  開放地ササ地;1.5od-1
  林床ササ地;0.2od-1
  針広混交林;2.0od-1
となる。それぞれの植物群落では立地環境が異なるため上記の値を単純に比較することはできないが,開放地ササ地の蒸散量は針広混交林の約3/4程度となると予想される。一般に植物群落による蒸散は植物体の葉量にほぼ比例すると言われている。たいていの場合は森林の方がササ群落に比べ葉量が多いため,森林に比ベササ群落では蒸散量は少なくなるものと考えられる。


図1 開放地および林床における(a)日平均日射量,(b)葉面積指数(LAl)および(c)群落蒸散量の季節変化



ササの蒸散特性
 植物の蒸散は気象条件と植物自身の気孔の開閉度合いに支配される。このため植物からの蒸散特性を調べるには,気象条件の影響を排除する必要がある。そこでペンマン(Penman)式を用いて,開放地および林床のササの蒸散特性を単位葉面積レベルで解析した。ペンマン式とはある気象条件(純放射量,気温,湿度,風速)の下で蒸発可能な水量を推定する式で,この式から計算される「可能蒸発量」は浅い水面からの蒸発量に等しいと一般的に言われている。ペンマン式から計算される可能蒸発量(Epen)に対するササの単位葉面積当たりの日蒸散量(Etr)の比(以下,Etr/Epen)は,植生の蒸散特性を表現するのに用いられる。その値の大小は蒸散効率の大小であると解釈できる。
 開放地と林床のササのEtr/Epenの季節変化を図2に示す。開放地のササのEtr/Epenは,5月中旬から10月下旬にかけて多少ばらついているがおおよそ0.3で推移し明瞭な季節変化は見られなかった。観測期間の始めと終わり頃はやや小さい値をとるが,これは気温低下が影響しているものと考えられる。一方,林床のササのEtr/Epenは,5月に上層木が閉鎖するにしたがい値が小さくなっている。7月から9月中旬まで0.1〜0.2の間で推移しているが,上層木の落葉が始まる9月下旬以降上昇し,10月後半は0.3程度になった。これは樹冠閉鎖前と落葉開始後に蒸散効率が高くなったことを示しており,林床のササは上層木の閉鎖度合いによって蒸散特性が変化したと考えられる。


図2 可能蒸発量に対するササ単位葉面積当たりの蒸散量の比(Etr/Epen)



おわりに
 今回,開放地と林床のササ群落の群落蒸散量,蒸散特性およびその季節変化が明らかになった。これらは水収支および熱収支の観点から,ササ群落が森林流域の水源涵養や周辺微気象に与える影響の評価につながる。また,ここでは季節変化という比較的長い期間の蒸散特性の変動について解析したが,日単位の蒸散特性の変動についても現在解析しており,ササの蒸散特性をさらに明らかにしていく予定である。

(引用文献)
(1)豊岡洪ほか:北海道におけるササ類の分布とその概況,北方林業,33(6),3-6,1981
(2)高木健太郎ほか:サロベツ湿原のササ群落とミズゴケ群落の蒸発散特性,北方林業,51(8),5-9,1999
(3)中井裕一郎ほか:針広混交林における地面蒸発量の季節変化,日本林学会北海道支部会論文集,41,154-156,1993
(4)北原曜ほか:積雪寒冷地域の森林における水循環過程の解明(成果情報シリーズ,農林業における水保全・管理機能の高度化に関する総合研究),農林水産技術会議事務局,14(2112),1993