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   森林総合研究所北海道支所 研究レポート  No.54


   有珠山2000年噴火噴出物の透水性について(速報)

                          寺嶋智巳・白井知樹・鈴木 覚・田中永晴・中井裕一郎


はじめに

 有珠山は1977,78年の噴火(以下,77・78噴火と称する)以来,およそ22年ぶりに噴火を開始した。2000年3月31日の西山(537m)西方での噴火に続き,4月1日には洞爺湖温泉街に近い金比羅山(297m)の北西側斜面でも噴火が始まった。これらの噴火により,太平洋に注ぐ板谷川の上流域や金比羅山から洞爺湖温泉街にかけて厚さ数十cm以上に及ぶ噴火噴出物が堆積し,現在,泥流・土石流による土砂災害の発生が危惧されている。
 77・78噴火当時は時間雨量で5mm,連続雨量で20mmが降雨起源の泥流(二次泥流)・土石流が発生するための条件とされていた。しかしながら今回は,最初の噴火以後4〜5月にかけて,上記の時間雨量・連続雨量を越える降雨が9回発生したにもかかわらず,噴出物が堆積した斜面からは大規模な泥流・土石流の発生は確認されておらず,ガリー(雨裂)の形成もほとんど進行していない。そのため,現時点では主に噴火とともに火口から直接流出した泥流(一次泥流)による建築物の埋没や破壊が顕著に見られる状況となっている。
 北海道支所では指定研究「平成12年有珠山噴火による森林被害・土砂災害の実態把握(代表者:本所森林環境部水土保全科長 竹内美次)」を受けて,北海道森林管理局函館分局の協力の下,まず防災研究室と土壌研究室において2000年噴火噴出物の物理性(飽和透水係数,pF試験,粒径組成など)および化学性を計測している。これらは泥流や土石流の発生予測,あるいは今回の噴火に伴う植生破壊地の植生回復手法の検討に資するために行われている基礎的な分析である。
 今回は,噴出物が堆積した斜面にガリー(雨裂)が形成されない原因(すなわち,斜面上に地表流が見られず,二次泥流や土石流が発生しない理由)を探るために,現地において堆積土砂を不攪乱状態で採取し実験室に持ち帰った後,飽和透水係数を測定した。その結果を速報として報告する。



透水係数の意味と計測意義

 飽和透水係数とは土層の間隙が水で飽和した状態において,その土層が単位断面積・単位時間あたりにどれだけの水量を流し得るか(単位はcm/sec)を表す値である。したがって,この値は対象とした土層が降雨を地中へ浸透させ得るかどうかを判断するための最も基礎的なデータとなる。ただし,野外の表層付近の土層は一般に間隙が水に対して不飽和の状態にあるため,厳密にはその時の土壌の水分量に対応した不飽和状態での透水係数(不飽和透水係数,通常は飽和透水係数よりも小さな値)が降雨浸透現象を解析するための重要な変数となる。しかし,その計測の困難さから通常は飽和透水係数が降雨浸透現象の指標として用いられる場合が多い。
 透水係数が降雨強度より大きければ地面に供給された降雨はすべて地中に浸透する。ただし,降雨すべてが地中に浸透した場合でも,その後降雨が続いて水の供給量が土層の排水能力を上回ると,土層全体が飽和してしまいそれ以上水を含めなくなるという現象が発生する。その結果,土層内に浸透できない余剰水により地表流(飽和地表流)の発生に至ることがある。一方,透水係数が降雨強度より小さい場合は,降雨中,地中に十分浸透し切れなかった余剰水が土層を不飽和状態にしたまま地表流(ホートン地表流)として流出することになる。日本のような湿潤気候で森林植生に覆われた地域では,ホートン地表流の発生は一部地域を除いて希であり,大部分が飽和地表流である。しかし,火山灰など細粒の噴出物が堆積した斜面では,往々にして透水係数の低下によりホートン地表流が発生し,その結果,斜面が浸食され泥流・土石流災害に結びつくことになる。
 通常,透水係数が10-1cm/sec以上を透水度が高い(例えば,粗粒〜中粒のレキなど),10-1〜10-3cm/secを普通(砂など),10-3〜10-5cm/secを低い(シルトなど),10-5〜10-7cm/secを非常に低い(シルト〜粘土など),10-7cm/sec以下を不透水(均質な粘土など)と称する。



土砂の採取方法と分析方法

 土砂の採取日は2000年5月31日である。噴火災害対策本部から洞爺湖温泉街への入域許可を取得し,採取活動を行った。図1に採取場所を示す。降下堆積物(一次堆積物)と考えられるサンプルは,より金比羅山火口に近いところで採取当日においてできる限り安全を確保できる場所(路上に噴石の散乱が見られない場所)で堆積物が流水に流されていない地点を選定した。その結果,金比羅山火口に向かって上空が開いている虻田町郷土資料館近くの広場(図1の(1)地点,写真1:噴火口から水平距離約500m)の土砂を採取した。この付近の降下堆積物の層厚は約20cmであった。
 一方,泥流堆積物(二次堆積物)と考えられるサンプルは,洞爺湖温泉街の湖畔に近い小有珠川流路工に架かる橋上(図1の(2)地点,写真2:国道230号線と道道洞爺湖登別線の交差点付近,金比羅山火口から水平距離約850m)および小有珠川流路工下流部左岸路上(図1の(3)地点,金比羅山火口から水平距離約800m)の土砂を採取した。この付近の泥流堆積物の層厚は約30〜40cmであった。採取当日も噴火活動が活発に継続しており噴石落下の危険があったため,採取活動はごく短時間(約1時間)に限られた。そのため,それぞれの地点での不攪乱サンプルの採取数は,降下堆積物が2個と泥流堆積物が4個(2カ所で2個づつ)である。採取方法は400cc採土円筒により堆積土砂を採取した。サンプルのうち,降下堆積物1個と橋上および左岸路上の泥流堆積物それぞれ1個づつを透水試験用に供した。試験は真下式定水位透水試験器を用い飽和透水係数を計測した。これ以外の不攪乱サンプルはpF試験用に供した。









分析結果

 表1に分析結果を示す。降下堆積物の飽和透水係数は10-2オーダーであり,降雨量に換算すると時間雨量で536mm相当となる(透水度「普通」のランク)。現時点でサンプルの不飽和透水係数は不明であるが,飽和透水係数に限って議論すれば,噴火以後5月末までに発生した最大降雨(4月21日の時間雨量13.5mm,連続雨量77.5mm)を十分に浸透させることは可能と考えられる。このような降下堆積物の良好な透水性が,斜面上にガリー(雨裂)が形成され難い主要な理由のひとつであると推察される。なお,この降下堆積物に含まれていた岩片・鉱物等は,実体鏡観察によれば,安山岩や玄武岩の火山岩片(有珠山体起源(類質岩片)で,様々な粒径サイズで多く含まれている),緑色岩片(有珠山付近の基盤である長流川層起源?),石英・輝石・長石(マグマ起源か山体起源かの判別は難しいが,火山岩起源の鉱物),黄鉄鉱・雲母(長流川層起源の鉱物?),変質した軽石(洞爺火砕流起源?),新鮮な軽石(今回の噴火または有珠bなどの比較的新しい時代の噴出物起源?),透明な火山ガラス(今回の噴火起源と思われ,粒径は0.064〜0.125mmが多い)である。この他,粒径0.064mm以下には,粘土鉱物が含まれていると予想される。
 一方,泥流堆積物は10-3〜10-4オーダーであり,概して飽和透水係数が低い(透水度「低い」のランク)。この値を降雨量に換算すると時間雨量で22〜40mmに相当するため,降雨強度が強い場合,地表流が発生し再び泥流化する可能性があると考えられる。このような相対的に低い透水性については,火口から直接流出した泥流が元々有していた特性なのか,それとも流下してくる間の土砂の練り返しなどにより透水性を低下させたのかは明らかではない。
 77・78噴火は,1977年の第一期噴火(プリニー式噴火に伴う降下軽石の堆積)および翌年の第二期噴火(水蒸気爆発あるいはマグマ水蒸気爆発由来の細粒物の堆積)に分かれ,そのときの噴出物の飽和透水係数はオーダーでそれぞれ10-1〜10-2cm/sec(透水度「普通」のランク)および10-5cm/sec(透水度「低い〜非常に低い」のランク)であった(山本・今川,1983)。第一期噴火直後には泥流・土石流災害の発生は少なく,土砂災害の多くは第二期噴火以後に集中している。すなわち,堆積物の透水度が「普通」のランクでは泥流・土石流の発生確率は低く,「低い〜非常に低い」のランクに属する噴出物が堆積した後に泥流・土石流災害が集中したということになる。この事実を考慮すると,飽和透水係数という視点だけから見る限り,今回の噴火ではサンプル採取時点で2000年噴火降下堆積物(透水度「普通」のランク)に由来する二次泥流や土石流が発生する可能性は低かったものと判断できる。このことは実際に現在まで降下堆積物の表面浸食がほとんど発生しておらず,大規模な泥流・土石流の発生が確認されていないこととほぼ一致する。





おわりに

 噴火物堆積斜面での浸食や泥流・土石流発生過程の把握,あるいは噴火による植生破壊地での植生回復過程を検討していくために,今後,土砂の物理性(pF試験による不飽和透水係数の推定,粒度分析,塑性・液性限界試験)および化学性に関する分析を行い,噴火噴出物が土砂災害や植生回復に及ぼす影響を総合的に考察していく予定である。さらに,土砂の物理・化学性の時間変化が土砂災害の発生や植生回復に及ぼす影響を追跡するために,火口周辺での降下堆積物の物理・化学性の経時変化についてのモニタリングを行っていく予定である。



引用文献

 山本 博・今川利明(1983):有珠山1977-1978年噴出物の堆積した斜面における表面流出について,ハイドロロジー(日本水文科学会誌),13,P25-33.