温暖化により被害の拡大が危惧される森林病害虫 

   2015年1月14日更新      パンフレットはこちら pdf

執筆者


尾崎研一 
    
森林総合研究所北海道支所 森林生物グループ長

北島 博
     
森林総合研究所森林昆虫研究領域 チーム長

松本和馬
     
森林総合研究所東北支所 産学官連携推進調整監

神崎菜摘
      森林総合研究所森林微生物研究領域 森林病理研究室

太田祐子
      森林総合研究所森林微生物研究領域 チーム長



 

はじめに

 温暖化とは地球表面の温度が長期的に上昇することです。地球の気温は今後100年間で1.84.0℃上昇すると予測されています。そのためこれからの森づくりを考える時、温暖化は重要な問題です。

 地球温暖化が農業病害虫に与える影響はよく調べられていますが、森林病害虫については、温暖化の影響はほどんど調べられていません。温暖化により被害の拡大が危惧される病害虫を抽出して、温暖化による被害拡大を予測し、被害の拡大が予測されるものについて対応策を検討する必要があります。

 ここでは林業害虫であるトドマツオオアブラムシヤツバキクイムシスギカミキリキオビエダシャクと、栽培きのこの害虫であるムラサキアツバ、林業病害を引き起こすマツノザイセンチュウ近縁種群南根腐病菌を対象に温暖化の影響を調べた研究を紹介します。 



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トドマツオオアブラムシ
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 トドマツオオアブラムシはトドマツ幼齢人工林の主要な害虫です。本種は4〜8月の平均気温が高い場所で世代数が増加すると、枯損などの被害が発生しやすくなることが知られています。そこで温暖化の影響を年間の世代数の変化から予測しました。

 まず、本種の発育と温度の関係から世代数を推定する方法を考案しました。この方法を用いて北海道内各地の世代数を推定したところ、年間の世代数が5世代以上の場所で被害が起きることが分かりました。そこで、北海道内の気温分布から被害の危険地帯を地図化したところ、危険地帯は現状では北海道全域の18%ですが、気温が1℃上昇すると46%、2℃上昇すると75%の地域に拡大し、3℃の上昇ではほとんど全域が危険地帯になりました。(図1)。

 温暖化への対応策として、温暖化後の防除適期を3〜6月の気温から推定できるようになりました(詳しくは、尾崎研一(2012)をご覧ください pdf )。 
      

       トドマツオオアブラムシ
      

        図1 気温の上昇に伴う被害の危険地帯の拡大予測


 

ヤツバキクイムシ
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  ヤツバキクイムシはエゾマツ、アカエゾマツなどのトウヒ類の穿孔性害虫で、風倒や伐採の後に大発生し生立木を枯損させます。本種は通常、1年2世代ですが、世代数は気温によって変わり、世代数が多いほど大発生しやすいと考えられます。そこで、温暖化によって世代数がどのように変化するのかを予測しました。

 本種の全発育期間を通した発育ゼロ点と有効積算温量を明らかにしました。これらを用いて世代数を推定する方法を考案しました。この方法と気候シナリオデータを用いて北海道内の世代数を計算しました(図1)。その結果、現状は85%の地域が年2世代で、それ以外の地域は年1世代でした。しかし、2000年代半ばには年3世代の地域が出現し、それが2000年代の終わりには40%に拡大すると予測されました。

 年3世代の地域では被害の増加が予想されるため、切り捨て間伐は避け、伐倒木や風倒木は早期に林外に搬出することが被害回避に有効です。
 

        ヤツバキクイムシ
           

                エゾマツの枯損被害

 図1 気候シナリオデータ (MIROC-H、A1Bシナリオ)を用いたヤツバキクイムシ世代数の変化予測




スギカミキリ
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 スギカミキリは、幼虫がスギやヒノキの生立木を食害する害虫です。多くの個体が1世代を1年で完了しますが、2年かかるものもいます。そこで、温暖化によって2年1世代の割合が減り、1年1世代が増える可能性を予測しました。

 本種幼虫を長日(明るい時間が長い)条件下で飼育すると、25℃では全ての幼虫が蛹になりますが、低温だと蛹にならない個体が増えました。すなわち、温度が低いと2年1世代になると考えられました。これを用いて、日本各地における1年1世代と2年1世代の割合を予測しました。その結果、1年1世代の割合が過大評価されている可能性はありますが、北東北で現状2年1世代が存在する地域でも、2000年代後半にはすべて1年1世代になると考えられました(図1)。

 
現在2年1世代である地域でも、今後抵抗性品種を導入するなどの対策が必要です。
       

         スギカミキリ成虫
 

図1 気候シナリオデータ (MIROC-H A1Bシナリオ)を用いたスギカミキリ1世代に必要な年数の予測
       

     はちかみと呼ばれる被害跡


 

キオビエダシャク
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 キオビエダシャクは、幼虫がイヌマキやナギの葉を激しく食害する害虫です。鹿児島県以南で時々大発生していましたが、これは国外からの一時的な飛来によるものでした。ところが、1979年以降は沖縄県で毎年発生するようになり、2001年から九州南部にも定着しています。そのため、今後温暖化によって分布域が北に拡大する可能性があります。

 本種は九州では主に落葉下の蛹で冬を越します。そこで沖縄県から千葉県までの8カ所で土を入れた容器内に蛹を置き、落葉をかぶせて11月下旬から3月上旬まで野外に放置し、生存率を調べました。その結果、越冬可能な北限は1月の平均最低気温0℃で近似できることがわかりました(図1)。この結果をもとに気候シナリオデータを用いて越冬可能域を予測しました(図2)。ただし、宮崎県以北での実験では越冬後に羽化する成虫の翅が正常にのびないことが多く、越冬後に正常な成虫が多数発生して個体群が維持できる範囲はもう少し南にあると考えられます。

 分布の拡大が予測される地域では本種の発生に注意し、被害が生じた場合には幼虫の捕殺または薬剤散布が有効です。

成虫
 

    図1 2013年1月の日最低気温の平均値と越冬生存率の関係
    
図2 気候シナリオデータ(MIROC-H、A1Bシナリオ)を用いたキオビエダシャクの越冬可能域の拡大予測




 ムラサキアツバ           はじめに戻る 

 ムラサキアツバは、幼虫がシイタケの子実体や菌床を食害する害虫です。野外で発生した成虫が栽培施設に侵入して、増殖すると被害が発生します。発生回数が増えると侵入や被害の危険性が高まるため、温暖化による成虫の発生回数の増加を予測しました。

 温度と発育期間との関係や、越冬のために発育を停止する時期を明らかにしました。これらの知見を用い、日本各地における成虫発生回数を予測しました。その結果、これまで成虫の発生は年2回とされていましたが、現状でも北関東以南で3〜4回発生していることがわかりました。さらに、2000年代後半には各地の発生回数は増加し、山形県、宮城県以南では1年に4回、北海道西部でも1年に3回成虫が発生すると予測されました(図1)。

 成虫の発生回数が増加する地域では、発生時期を予測して、栽培施設への成虫の侵入を防ぐことが重要になります。


     ムラサキアツバ成虫
        

           シイタケを食害する幼虫
 

     図1 気候シナリオデータ(MIROC-H、A1Bシナリオ)を用いたムラサキアツバ羽化回数の予測


 

マツノザイセンチュウ近縁種群
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 マツノザイセンチュウによって引き起こされるマツ材線虫病は日本の森林において最も重要な病害のひとつです。
そして、この病気は高温や乾燥といった環境要因によって被害がより拡大することが知られています。また、主な病原体であるマツノザイセンチュウ以外に、その近縁種であるニセマツノザイセンチュウにも弱い病原性があることが知られており、これら以外の近縁種についてもその潜在的危険性を評価する必要がありました。そこで日本国内産マツノザイセンチュウ近縁種群に関して、それらの通常の気温条件、および高温条件下でのアカマツ、クロマツに対する病原性について検討しました。この結果、いくつかの種類において、ごく弱い病原力が認められましたが、簡易温室を用いた高温条件下での接種試験でもマツの枯死は認められず、2℃程度の気温上昇では急激なリスク拡大の可能性は低いと考えられます。



        マツノザイセンチュウ 
  

               マツ材線虫病被害の様子 
           

マツノザイセンチュウ近縁種による組織病変(左:健全 ; 右:枝断面中央部の白い部分に軽度の通水阻害が発生)
 

南根腐病菌
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 南根腐病菌(みなみねぐされびょうきん、病原菌の和名はシマサルノコシカケ)はサルノコシカケの仲間のキノコで、樹木の根や根株を腐らせ枯死させる病原菌です。熱帯から亜熱帯域に分布する多犯性の病原菌です。日本では南西諸島、小笠原諸島の街路樹、生け垣、防風防潮林、公園の緑化木など、人為的影響の大きな場所で被害が発生しています。分布域を調査した結果、病害発生地の北限は奄美大島であることが明らかになりました(図1)

 温度試験の結果、菌は10度で成長を停止し、2度で死滅することが明らかになりました。この知見を用いて温暖化による分布可能域の拡大を予測したところ、2040年代には種子島まで、2090年代には鹿児島県南部まで分布が拡大すると予測されました(図2)。接種試験の結果、本菌は九州以北に分布するスギ、ヒノキなど主要造林樹種にも病原性がありました。したがって、温暖化の影響を受けて分布域が北に拡大した場合、大きな被害になるおそれがあります。分布の拡大が予測される地域では、本病の発生に注意し、病害木を発見したら根株ごと速やかに撤去する必要があります。


南根腐病菌子実体


南根腐病菌の菌糸膜


南根腐病菌による材の腐朽
 


図1 南西諸島の病害発生地
 
      2013年現在                   2041〜2050年              2091〜2100年


図2 気候シナリオデータ(MIROC-H、A1Bシナリオ)を用いた南根腐病分布可能域の拡大予測